4次元の色彩: 4原色生物の色覚を考えてみよう
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目次
このテキストでは,視細胞の特性などをかなり思い切って単純化した.そのため
美しい幾何学的構造が現われた.この単純化は色覚の本質を失うものではなく,
むしろ非本質的な現象を切り捨てて本質を際だたせるものだ.しかし,現実の
視覚系が持つ特性を考える時は,本テキストで切り捨てたことについても知って
おく必要がある.特にヒトの視細胞の特性は(進化的な理由で)クセがあるので
その影響は無視できない.
本テキストで理想化した視覚特性と現実の視覚系との違いのうち,代表的な
点を挙げておく.
- 実際の視細胞の波長特性のすそ野はもっと長く,かなり広範囲にわたって
オーバーラップが見られる.そのため3種の錐体は同時に光応答を示す.
これによって「3原色の色空間」は正三角形ではなく,正三角形に内接する
馬蹄形になる.これはCIE図からもわかるだろう.
- 単純化した視細胞の波長特性はピーク波長を境に左右対称にした.しかし現
実の視細胞では対称にならない.長波長(赤)側は急激に感度が落ちるが,短波
長(青)側はゆっくりとしか感度が下がらない.そのため紫あたりでは相対的に
L錐体の応答が(S錐体やM錐体と比べて)再び高まるという現象が生じる.これは
ヒトの色覚においていくつかのおもしろい現象を生じる.
- 視細胞の特性の線形性を仮定したが,実際の細胞の応答特性は(厳密な意味
では)もちろん線形そのものではない.しかし光強度に対して単調増加に応答振
幅が増加するので(もちろん光が強すぎれば応答振幅はあるところで飽和する),
線形と仮定しても(多くの場合)かまわない.
- サルの先祖は2原色生物で,他の脊椎動物では青錐体と緑錐体に用いる色素
(オプシン)の遺伝子しか持っていない.類人猿では緑錐体の遺伝子を用いてわ
ずかに波長特性の異なる二つの錐体,LとMを作ることに成功した.これによって
再び3原色の世界を取り戻した.LとMの波長特性はかなり近接しており,可視光
領域を不均一にサンプリングする(魚類の場合,3種もしくは4種の錐体のピー
ク波長はかなり等間隔になっている).LとMの近接は以降の色覚情報処理でも影
響が出ている.そのためヒトを3原色動物の代表にすえるのはためらわれるのだ.
ヒトの錐体がLとMに別れたのは(進化のスケールで言えば)ごく最近のできごと
のため,両者は遺伝子配列がほとんど同じで,かつ染色体上の部位も隣接する.
そのためミスコピーが生じやすく,LかMのどちらかを失って遺伝することがかな
りの高確率で生じる.
- 魚類をはじめ他の動物についても同様で,実際には単純化で切り捨てた多く
の点がある.たとえば水平細胞における反対色応答を示したが,これは網膜の最も
早い段階に出現する反対色特性だ.しかし水平細胞の次の細胞(双極細胞)では
水平細胞と異なる反対色特性が現われる.水平細胞で見られる反対色特性がそのまま
中枢まで伝わるわけではないのだ.
色覚異常(いわゆる色盲や色弱)を持つ人の感じ方は,本テキストで述べた2原
色生物の場合と一致するわけではない.その理由として,上に挙げたいくつかの
点を切り捨てて単純化したこと(特にL, M錐体の類似性は大きく効く)と,色覚
異常とは言っても特定の錐体の色素がまったくなくなるとは限らないからだ.す
なわち3原色色空間である正三角形LMSは完全につぶれて1次元になるのではな
く,つぶされて変形は受けていても三角形の形は残っている.
変形の程度は人によってさまざまで,ほとんど一次元になってしまうような重度
の場合もあれば,あまり変形を受けず三角形をよく残っている場合もある.
いずれにせよ,2原色生物の話がそのまま成り立つと考えるのは早計だ.
Web上で多くの方の手記を見つけることができるだろうから,
まずはそれを参考にしてほしい.
また本テキストで述べた「方法論」の方は依然として有効であり,
より深い理解を得る上では大いに役立つと思う.
本テキストでは,4原色を持つ動物の色覚について扱ってきた.
そしてウグイが4原色動物ではないかという話もした.
こう書くと,本テキストはウグイの色覚について書かれたものではないかと
誤解されるかもしれないので,それについて一言書いておく.
ここで書いた4原色生物はあくまでも架空のもので,視細胞の特性も含めてすべ
て理想化(あるいは単純化している).その意味では「架空の4原色生物の色覚」
について書いたものと思ってほしい(実は1〜3次元も架空の生物なのだが).
4原色生物である必要条件は,4種の錐体を持ち,3つの反対色チャネルを持つ
ことだ.その意味でウグイは4原色生物の資格を持つ.しかし本当に4
原色生物のメンバーかどうかは,それこそ中枢を調べるか行動実験(いわば心理
実験)をするかしなければわからないだろう(魚の行動実験は可能で,実際,キ
ンギョの色覚は行動実験で調べられている).
最後に図について.
本テキストで用いた図は,すべてUNIX上のidrawで描いたものだ.
このソフトで使える色数は非常に少なく,そのため色を表現する上で
かなり苦労した.図で示した色はあくまでもめやすでしかない.
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佐藤 大'
satodai@dog.intcul.tohoku.ac.jp