それでも,まったく手がかりがないわけではない.なぜなら,色球などの形で表 わされた色の空間表現は,その後の色覚情報処理に対しても制約を与えるからだ. したがって「これが正しい4原色生物の色の感じ方だ」というのは示せないものの, 「この解釈では色球と矛盾が生じるので,こんな感じ方をするはずはない」という ことは言っていい.したがって今までの議論と矛盾の生じない範囲で,もっともらしい 解釈をつけ加えることは無意味なことではないだろう.
そこでかなり根拠の少ない推論になることは覚悟の上で,もう少し考察を進めて みることにする.ここから先は必ずしも正しいとは限らないと言う条件つきで読 んでほしい.
図 1-3 M錐体を持つ生物による色の知覚.上段がヒト.(再掲)
われわれヒトも,暗がりの中では桿体のみの1原色状態になる. その意味ではまったく推測不可能な話ではない. では次のことについて考えてみよう. 暗闇の中で私たちは周囲を「灰色と黒の世界」と感じているだろうか. それとも「色がよくわからない明暗だけの世界」と感じているだろうか? このような質問はナンセンスと思われるかもしれない. しかし解答が自明な質問でないこともわかるだろう.
私はこのようなナンセンスとも思える問題を議論したいわけではない. 私が気にしているのは「推論が有効な範疇」を明確にしたいということと, ふだんのわれわれの色彩感覚が安易に推論の中に混じり込むのを避けたいという ことだ.
2次元の錐体応答空間では単波長光の波長と強度を見分けることが できる(図 2-5).また2原色の場合の色空間は 線分LSという直線になることも述べた(図 2-6).
図 2-4 理想化した2種の錐体,S, L の波長感度特性(2).互いの特性にオーバーラップがある場合.(再掲)
図 2-5 図2-4の錐体特性によって生じる2次元錐体応答空間.(再掲)
図 2-6 2次元錐体応答空間における色空間(線分LS).(再掲)
すなわち2原色動物は, われわれが青と感じる単波長光と,われわれが黄と感じる単波長光を見分ける ことができる.しかし,だからといって2原色動物の感じ方がヒトの場合と 同じ感じ方をしていることにはならない. (上記の図では波長を色で示しているが,これは読者にわかりやすいように 色分けしただけであり,実際にこれらの色として感じているとは限らない).
だからといって2原色生物に青い色を示しながら「この色は何色?」と尋ねたら 間違いなく「青」という答が返ってくることだろう.彼らが(われわれの 言うところの)青を(われわれが言うところの)赤として感じると言うような ナンセンスなことはないのだから.
※2原色生物の感じ方を色覚異常を持つ人の色の感じ方にダブらせて読むのは誤 解を招くのでしてはいけない.ここではあくまでも「話を単純化して特性を理想 化した条件下での話」にすぎないのだから.むろん両者はまったく無関係という わけではないが,一緒にするには相違点が多すぎる.もし共通点と相違点を正し く区別できないのならば,「とりあえず両者は別」としておいた方があらゆる意 味で安全だ.この点については改めて注意を促すつもり( 補足と注意 (1)).
ひとつは「色空間の中央」の感じ方だ. 図 2-6 で示したように 2次元錐体応答空間での色空間は線分LSの1次元になる.その中央は ちょうどL, S錐体の最大感度の中間値になり,図では黄色で示した. すなわちヒトが黄色として感じる色を2原色動物は 線分LS上の中央に位置する色として感じることになる.
さて,2次元錐体応答空間における混色を考えてみよう. 図 2-12 のように混色はベクトルの和として表現できる.
図 2-12 2次元錐体応答空間における混色(再掲)
したがって赤(L)と青(S)の単波長光を混ぜても黄と同じ色ベクトルが生じるし, LからSまでの波長をすべて均一に含む光に対しても黄と同じ色ベクトルが 生じるだろう.3原色生物はこれらの光によって感じる色を「白」とか 「無彩色」などと呼ぶ(実際には「無彩色」もしくは「灰色」と呼ぶのが適切で, 「白」は「明るい灰色」,「黒」は「暗い灰色」に相当する).
すなわち2原色生物は「黄」と「灰(白)」を区別できず,同じ色として 感じることになる.
ならば線分LSの中央は,黄色ではなくむしろ「灰(白)」に対応しておいた 方が現実に即しているのではないか.なぜなら中央の点は太陽光と言う照明光に 相当しており,この光はほぼ無彩色なのだから.
2原色生物は,おそらく線分LSの両端を「鮮やかな赤・青」として感じ, 線分LSの中央を「灰(白)」として感じるのではないか.したがって 単波長光の波長を少しずつ変えて行った時の感じ方としては, 青から始まって連続的に緑へと変化しながら同時に彩度が落ちて灰色がかり, やがて完全な灰色を経て次第に赤味を増し,最後は鮮やかな赤で終わるのでは ないだろうか.
手がかりの第2は色空間の直線性だ.線分LS上の一点が色に相当するが, その点の座標を指定するには1個の座標軸があればいい.すなわち反対色 チャネルが1つあればそれですむ.そして反対色応答が連続的に変化すると, 感じる色合いも連続的に変わる.すべての色は1次元の連続性の中に存在する.
「色の変化が直線的な座標の連続性として感じられる」という言葉の意味を 考えてみよう.これは異なる線分LS上の異なる2点に対応する色を考えた場合, その中間に位置する色は2色の双方の特徴を引き継ぐと考えられる.このような 感じ方はわれわれ3原色生物でも生じる.たとえば緑と黄色の中間的な色は 黄緑であり,黄緑は黄色と緑の両者の特徴を兼ね備えた色として感じると言うように.
ところがこのような連続性は,3原色生物の場合,色空間の上で遠く離れた 色同士の間では成立しない.たとえば緑と赤を考えた時,単波長光ならば 両者の中間は黄色に相当するものの,しかし黄色と言う色は,緑と言う色とも 赤と言う色とも似ていない.まったく独立した別の色だ.なぜこのようなことが 生じるかと言うと,3原色の色空間は三角形(もしくは色環のように円形)に 折れ曲がって表現されるため,短距離ならば直線的に(連続的に)色合いが変化 するにも関わらず,長距離で見るとまったく別の色に変わってしまってことが 生じるのだ.
2原色生物の色の感じ方は,このことから推測することができる. すなわち3原色生物が,(色空間上で)互いに近距離にある2色の間が 類似した色の連続的な色合いの変化として感じられるわけだが,このような 色の感じ方を2原色生物は色空間の全体にわたって感じるというわけだ.
以上の2点をまとめて,2原色生物の色の感じ方を列挙してみよう.
以前,このようなことを書いた.
1次元:明るさ(光強度)これは色に伴う属性の数が,錐体応答空間の次元と等しいという意味で述べた. これは基本的な理解としては間違っていない.しかし正確でもない. 上記の考えに従えば,2原色生物であっても彩度に相当する感じ方をしている 可能性だってありえるわけだ.ただし色相と彩度が連動してしか変化できない ので,トータルの次元が増えるわけではない.
2次元:明るさ+色合い(色相)
3次元:明るさ+色合い(色相)+鮮やかさ(彩度)
※くどいけど補足.実際に2原色生物がこう感じているという根拠がある わけではないので,あくまで一つの可能性として受け止めてほしい.
「4原色生物の色球を3原色生物であるヒトが見たらどんな風に感じるのか」 というリクエストがあったので,試しに描いて見たのが図 4-33 だ.
上段の2つが4原色生物,下段の2つが3原色生物が見た時の色球だ. ヒトにとってどのように見えるかは,CIE図から計算すれば正確に割り出せる (ただしこの図は正確に計算して描いたものではなく,おおざっぱに感じだけ 再現して見ただけ).4原色生物にとって鮮やかに見えるいくつかの色の違いを, われわれが完全に見分けられなくなるわけではない.しかし彩度が下がったり, 違いが微妙になってわかりにくくなったりする.
2原色生物が3原色生物の色環を見た時にどう感じるかは宿題. ヒントは図 5-1.また赤紫は 赤+青によって生じるのでやはり無彩色に相当する.
5次元より多い場合にどうなるかはまったく未知の領域のように思われるかも しれない.確かに光のスペクトルに関しては未知なのだが,音のスペクトルは 5次元よりもはるかに大きい次元でわれわれは感じている.したがって音の 感じ方はひとつの参考になるかもしれない.たとえば4原色生物は色を和音の ように感じることができるだろうか?というのは興味深い問題設定だ.
ただし安直に聴覚とのアナロジーを持ち込むのには注意したい.われわれの 聴覚は20Hzから20000Hzという1000倍ものレンジを持つのに対し,光の方は たかだか400nmから700nmまでの範囲にすぎない.これは1オクターブにすら ならない.また音の場合は倍音というのが意味のある構造になるが,光の 場合はこれに対応するものがない.
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