4次元の色彩: 4原色生物の色覚を考えてみよう


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テキスト版 目次


前書き

前書き (1)

脊椎動物には大別して2種類の視細胞(光を吸収して電気信号に変換する神経細 胞)がある.一方は桿体と呼ばれ,夜間など暗い所で働く.他方は錐体と呼ばれ, 昼間などの明るい環境下で働く.わたしたちヒトの場合,錐体は3種類あり,そ れぞれL, M, S錐体(もしくは赤・緑・青錐体)と呼ばれる.錐体が3種類ある おかげで,わたしたちは光を色彩を伴って感じることができる.また錐体が3種 類あるため,私たちの色覚は,いわゆる「3原色」の特性を持つ.

※L, M, Sはそれぞれ long-, middle-, short- の頭文字で,L錐体が3つの中 でもっとも長い波長の光(赤側)に最大感度を持ち,S錐体がもっとも短い波長 の光(青側)に最大感度を持つ.M錐体はその中間だ.

今,色について考えたいので,光の空間分布(つまり物の形)は考えないとする. 視野全体に同じ光を一面与えた場合について考える.そしてL, M, S錐体の光応 答振幅をそれぞれ l, m, s とすると,すべての光刺激に対する視細胞 の応答は (l, m, s ) の3次元ベクトルで表わされる.これをここでは 3次元もしくは3原色錐体(光)応答空間(あるいは単 に空間)と呼ぶことにする.

もし錐体応答空間が2次元(すなわち2原色)ならば,その生物にとってすべて の光刺激は2次元空間上に記述できる.そしてこの場合も色を感じることはでき るが,それは私たちの感じ方と異なる.同様に4種の錐体を持つ生物がいたとす るならば(実際そのような生物も存在するのだが),その生物は4次元空間で光 を感じることができる.4原色の色彩は,われわれ3原色の世界に棲む生物にとっ て感じることのできない色の世界だ.しかし,4次元の色そのものは感じること ができなくても,色覚の情報処理過程を考えることで,4原色生物が4次元の色 をどう感じているかについてくらいなら想像する手がかりがある.そこでそれら 手がかりを元にして4原色生物の色覚を考えてみようというのが,本テキストの 目的である.

前書き (2)

4原色生物の色を3原色生物であるわれわれが直接感じることはできない.だか ら彼らが見えている色を「こうだ」と示すこともできなければ,それを体感する こともできない.できることは論理の力を借りて推論することだ.そうすれば, 色そのものは見ることができなくても,4次元の色がどのような特性を持つのか を知ることができる.

そこで本テキストでは,まず錐体が1種しかない生物,すなわち1次元錐体応答 について考え,光応答がどのような特性を持つか調べてみる.同様に2次元,3 次元の場合についても調べてみる.このとき,どの次元もなるべく同じ方法 で調べてみよう.なぜなら次の段階では4次元の光応答空間を同じ方法で調 べるわけであり,1〜3次元の場合はその予備練習に相当するからだ.すなわち 1〜3次元の場合は,すでに確立している色覚についての話を,非常に簡潔にま とめたものとなっている(したがって色覚について詳しい人はこれらを斜め読み してもらってかまわない).そして最後に4次元の場合について同じアプローチ で解析することで,4原色生物の色覚情報処理について考察し,そこから彼らが どのように色を感じているかを推測してみようと思う.

前書き(3)

本題に入る前に,このテキストについての若干の注意事項を述べておく.

このテキストはWeb上の掲示板: 「ふるかわ通信板」に私が投稿したものだ.し かもこの投稿は全体の構成や推敲をした後に投稿したものではなく,思いついた アイデアを記録する,いわばメモ代わりとして投稿したものだ.原文は一気にタ イプしたままであり,読み返すことすらほとんどしていない.特に4次元の場合 はそれが顕著で,ほとんど思いつくままに書いたので説明の順番が適切でない箇 所が方々に見られる.また用語の統一も図られていない.文体もつっけんどんで 愛想のない文と思われるだろうが(特にこの前書き),このような事情によるも のと思って勘弁してほしい.いずれは本文・図ともにきちんと書き換えられるべ きと思う.

本テキストではまた,話を明確かつ単純化するため,方々で細胞の特性の理想化 を行っている.これらの操作によって本質が失われることはない.しかし,この 操作によって個々の生物種の視覚系に依存したもろもろの現象は失われた(とい うか,むしろ積極的に切り捨てた).それらは色覚の理論を学ぶ上では非本質的 であり,話をややこしくする張本人であるからだ.特にヒトの色覚は話をややこ しくする要素がいくつかある.私はこれらの要素を切り捨てた形で基礎を学んだ 上で,さらにこれらの要素が入ることでどのような影響が生じるかを考えた方が 良いと考える(しかし本テキストではそこまではしていない).したがって本テ キストで得た知識を鵜呑みにして拡大解釈するのは危険だ.このテキストは知識 を提供するものではなく,「考え方」を提供するものと思ってほしい.拡大解釈 の危険性については,本テキストの最後でもう一度述べたいと思う.

※本ページは前述の「ふるかわ通信板」に投稿した内容を東北大学医学部の佐藤 大氏が自発的にまとめて下さったものです.佐藤氏には非常に感謝しています.


1次元の場合

方針に従って,まずは1次元の錐体応答空間の場合について考えてみる. つまり錐体を1種類(ここではM錐体としておこう)しか持たない場合だ.

M錐体の波長感度特性を ピーク1つ持つシンプルな山型 と仮定しよう.この図の意味だが,光強度を一定にして波長だけを変えた時, どのような応答振幅を示すかをグラフにしたものだ.つまり波長Cの光に対しては, 波長BやDの光の倍の応答振幅を示すということだ(光強度が同じならば).

ついでに錐体の特性は線形で,光強度(明るさ)を2倍3倍にすると応答振幅も 2倍3倍になると仮定しておこう.

さてこの場合,網膜から得られる応答は (m ) という1次元ベクトル, つまりスカラー量で表わされる(m はM錐体の応答振幅).

さらに話を簡単にするため,当分の間,単波長光のみを扱うことにする. 単波長光というのは読んで字の如く,単一の波長しか含まない光のことだ. 現実の世界で単波長光にお目にかかることはあまりなく, せいぜいプリズムで分解したときくらいしか見ない. しかし複数の波長成分を含んだ光刺激や,連続スペクトルの光刺激に対する 応答を考えるのはとてもやっかいなので,まずは単波長光で考える.

さて,波長をいろいろ変え(の 波長A〜E),また光強度もいろいろ変え(1, 2, 3, 4倍としてみた. 線形なので単位は適当)たときの光応答が (m ) 空間でどこにプロットされるか を示したのがこの図だ. (波長A〜Eは色分けして示した.これはあくまでも区別するための色で, そのように見えて感じるわけではない).

そもそもスカラー量でしか感じられないのだから,1次元の錐体応答空間では 光の強度と波長を区別することはできない.(m ) 空間上の1点は さまざまな光強度・波長の光に対応するため,元々の光強度と波長の情報を 復元できないと言ってもいい.したがってこのような生物にとって,光刺激は 明るく感じるか暗く感じるかだけで,それ以上の区別はない. ヒトならば上段の図のように 感じるところだろうが,下段の図 のように感じるに違いない.


2次元の場合

2次元の場合(1)

つぎに2種の錐体(LとSにしよう)を持つ場合について考える. この場合,L・S錐体の波長感度特性に オーバーラップがない場合オーバーラップがある場合 の2とおりに分けて考えてみる. まず最初は オーバーラップがない場合

2種の錐体L, Sを持つ場合,光応答は (l, s ) という2次元の錐体応答空間上で表わされる. では1次元の場合と同様に,光の強度や波長をさまざまに変えた時 (強度: 1〜4,波長: A〜E),それぞれの光応答が (l, s ) 空間上の どこにプロットされるかを見てみよう.

この図がその結果だ. 図を見てもわかるとおり(そして当然予想されるべき結果として), すべての点は2本の座標軸のどちらかの上にしか来ない. そしてそれぞれの座標軸上では,波長の違いと強度の違いが区別できない.

つまりL, S錐体を分ける波長Cを境にして,単波長光の光刺激がどちらの領域に あるかは区別できるものの,それぞれの領域においては1錐体の場合と同じ話に なってしまうというわけだ.したがってヒトならば 上段の図のように見えるところが, この生物には 下段の図のように見えることだろう.

2次元の場合(1) の補足

下の話について少し補足. 補足と言ってもよりわかりやすくするための補足ではなく, より話を複雑にさせるための補足だが.

錐体の波長特性にオーバーラップがないと,確かに単波長光の 波長と強度を区別することはできない.しかしだ. 世の中,単波長光ばかりとは限らない.いやむしろ単波長光の方が珍しく, 連続スペクトルを取る場合の方がふつうた. もし光刺激の波長分布についてあるなめらかさが保証されるなら, つまり波長が変わってもスペクトルは急激に変わらず,その結果として, L錐体もS錐体も刺激するのであれば,波長特性にオーバーラップがなくても なんら困らない.

非常に極端な例だが,錐体の感度が特定の波長のみにしか存在しない場合を考え てみよう.たとえば600nmの光にしか感じない錐体だとか,500nmの光にしか感じ ない錐体を想定する.それに対して光刺激のスペクトル分布 S(λ) は,100nmの オーダーでゆっくりとしか変わらないとする.このような状況は,要するにスペ クトル分布 S(λ) を500nmや600nmの点でサンプリングすることに相当する. それはそれでまったく困ったことにはならないことがわかるだろう.

実際,ランドサットなどの衛星が地上を観測する時は,地球が放射する電磁波を いくつかの波長においてサンプリングしているにすぎない.観測対象次第では それでもかまわないのだ.

また上に述べる「波長感度にオーバーラップがある場合」は,単波長光と合成光を 区別することができない.それに対して下の「オーバーラップがない場合」は両者を 区別することができる.以上のような理由により,「オーバーラップがないと色を 見分けられないから不利」という説明は(よく見かけるし,私自身もそう説明して すませることもままあるけれど)もっともらしいが必ずしも正しくない.

2次元の場合(2)

続いて2種の錐体の波長感度特性に オーバーラップがある場合

この場合も錐体応答空間は (l, s ) の2次元だ. 今までと同じように,さまざまな光強度(1〜4),さまざまな波長(A〜E)の 光刺激が (l, s ) 上のどこにプロットされるかを見てみよう.

この図がその結果. ご覧になってわかるとおり,ここに来て初めて,単波長光の波長の違いと 強度の違いを分離してプロットすることができた.

を見ればわかるとおり, 光強度が強くなれば原点から遠くなる.また原点からの方角が波長の情報を もたらす(それぞれ「明るさ」「色」と言った方が良いだろう).これを もう少し正確に書くとこの図 のようになる.今,ある光刺激によって生じた光応答のベクトルを C とする.このとき,C と (+1, +1) ベクトルとの内積が「明るさ」に 相当する.また C が線分LSを通過する点が「色」を表わすと言える.

ここで,線分LS は色あいのみを表わした空間(すなわち明るさは一定とした時の 色を表わす空間)と考えることができる.この線分LSを今後 色空間 と呼ぶことにする.一般に n 次元の錐体応答空間の色空間は (n-1) 次元になる (明るさは常に1次元なので).すなわちヒト(3次元)の場合の色空間は 2次元になるだろうし,4錐体生物の色空間は3次元になると予想される.

2次元の場合(3): 反対色

オーバーラップのある場合について引き続き考えてみよう.

錐体の波長感度にオーバーラップがあれば,単波長光の波長の違いと強度の違いを 「色」と「明るさ」という形で区別できることがわかった.もっとも区別できるのは わたしたちが (l, s ) 上にプロットされた点を眺めているからであって, 当の生物本人にとっては依然としてL錐体とS錐体の情報がそれぞれ別個に入って きているだけだ.そしてL錐体の応答 l のみを見ても,また S錐体の応答 s のみを見ても「色」や「明るさ」を知ることはできない.

そこで次のような線形変換を考えてみる.

  x = l + s
  y = l - s
すると (l, s ) 空間は この図のように -45度 回転する. こうすれば x軸 は光刺激の波長に依存しない明るさ情報を伝えることがわかるだろう. また注目してほしいのは y軸 だ.y の符号は短波長(青)側でマイナス, 長波長(赤)側でプラスになり,符号が反対になる. すなわちy軸は反対色を意味する.

これを神経回路で表わすと こんな感じになるだろう. 錐体から入力を受けるニューロンには2種類あり, L, S錐体の双方から興奮性入力を受けるl+s ニューロンの方は 明るさチャネルを作り,S錐体から抑制性の入力を受けるl-s ニューロンの方は 反対色チャネルを作る. このような2つのチャネルの存在は実際にもよく知られている.

厳密に言うならば,l-s のみでは「色」を表わしたとは言えない. なぜなら l-s の値は単波長光の波長のみならず強度にも依存するからだ. 強度に対する依存性をなくすのであれば,(l-s )/(l+s ) という 変換をすれば良い.こうすると (l, s) 空間上のプロットは この図のように変換され, 完全に明るさ情報と色情報に分離される.これを神経回路で書けば こんな感じになるだろう. もっともこのように l+s でノーマライズされた応答は網膜の段階では 見られないのだが.

2錐体系では,色空間の次元が1次元になると述べた (この図の線分LS). (l-s )/(l+s ) で示す値は,光応答が色空間(線分LS上)の どの点に位置するかを表わしている (図で書くとこうなる).

2次元の場合(4): 混色

今までは単波長光についてのみ考えてきたが,ここで混色について考えてみよう.

今,光刺激AとBがあるとする.それぞれ (l, s ) 空間上での ベクトルはこの図のように なる.両者が同時にやってきた時に生じる光応答は(錐体応答特性の線形性を 仮定すれば)Cのようなベクトルになる.したがってA(赤)とB(青)の 光を(赤の方を多めに)混ぜると,橙色に見えるはずだ.

ベクトルCと同じ光応答は単波長光を用いて起すこともできる. すなわちA+Bによって生じた光応答と,橙色の単波長光Cとを区別することは できない(まったく同じ光として感じる).

2次元空間上の任意のベクトルは,一次独立な2つのベクトルの線形和で 表わされる.すなわち波長の異なる2種の単波長光があれば,それ以外の 波長の光によって生じる光応答を再現することができる.つまり2原色あれば 明るさと色の表現が可能になる.

ただし光の線形加算では,係数は正もしくはゼロしか認められない. たとえばこの図の ベクトルA・Bに相当する光刺激を基ベクトル(2原色)とした場合, 2つのベクトルではさまれた領域(グレーの部分)のベクトルしか 再現できない.この場合,ベクトルL・Sを選べばすべての光応答を 再現することができる.

同じ話を色空間(線分LS)上で考えてみよう.色空間の上で言えば, ベクトルA・Bの混色によって作れる色は,色空間上の点Aと点Bの 間にある色だけだ.この区間外にある色は作れない.色空間の両端に あるLとSを使えば,混色ですべての色が表現できることになる (この図の下段).


3次元の場合

3次元の場合(1): 3次元の錐体応答空間

さて続いて3次元の場合.

人間と同じL, M, Sの3錐体を持つとしよう. この場合,錐体応答空間は (l, m, s ) の3次元になる. またそれぞれの錐体の波長特性は こんな感じ になっているとする.人間の場合と比べてだいぶ理想化してある.

例によって,さまざまな波長,さまざまな光強度の光刺激を与えたとき, 光応答を錐体応答空間 (l, m, s ) 上でどこにプロットされるか を表わしたのが この図 だ.光強度を一定にして波長を変えると,正三角形の2辺上を移動する. また光強度を変えると正三角形が原点から遠ざかり,大きな三角形を描くことが わかるだろう.

2次元の場合と同様に,錐体応答空間における光応答ベクトルと (1,1,1) ベクトルとの内積,すなわち l + m + s が「明るさ」に 相当する.そして光応答ベクトルが △LMS のどこを通過するかで「色」が決まる (この図). すなわち3次元錐体応答空間の「色空間」は正三角形をした2次元空間になる (2次元錐体応答空間の「色空間」は線分LSの1次元空間だったことを 思い出してほしい).

また単波長光は必ず線分LM上か,あるいは線分MS上にしか来ない. 従って線分LS上や三角形の内部に相当する色は混合色(非単波長光)の持つ 色に相当する (単波長光の合成によって △LMSの内部を通る光応答ベクトルを作れる様子).

3次元の場合(2): 色三角の探検その1

3次元錐体空間では,光応答ベクトルが△LMSを通過する点が「色」を表わすと 書いた.ここでいう「色」とは「明るさ」に依存しない「色合い」のことだ (たとえば赤は赤でも「明るい赤」「暗い赤」という違いはあるが,どちらも 明るさが違うだけで色合いは同じとする).つまり△LMSの上を隅から隅まで 探検すれば,3原色生物の感じることのできる色すべてに出会えるはずだ.

そこでさっそく,△LMSの上を探検してみようと思う. この探検は,3次元(錐体空間)生物であるヒトにとっては特に,大して エキサイティングなものにはならないが,しかし4原色生物の 色空間を探検する時の良い練習になるので,ここは手を抜かずやってみよう.

この図は△LMSの各点に 対応する色を書き込んだものだ.ここで書き込んだ色はヒトの感覚に合わせてある. (だから理想的な錐体応答特性の場合とは少し異なる).

まず単波長光に対する光刺激は線分LM, 線分MS上に存在する. そこでまず三角形の辺の上を探検してみよう. スタート地点は頂点S.ここは青紫の色がくる. ここから頂点Mへ向かって移動すると,

青紫→青→青緑→緑
と連続的に色が変わって行く. 頂点Mに達したところで,今度は頂点Lへ移動してみよう.すると
緑→黄緑→黄色→橙→赤
と連続的に変化しながら頂点Lに達する.

頂点Lから頂点Sまでの道のりに相当する単波長光は存在せず, ここは赤と青紫の単波長光の混色でしか表現できない. この辺をたどって行くと,

赤→赤紫→青紫
と,この場合でも連続的に変化する.

ここで「赤紫」という色が出て来たが,この色について考えて見たい. そもそもこの名前からしてきわめて奇妙な色であることがわかるだろう. なにせ最も波長の長い赤と,最も波長の短い紫が混じってひとつの色として 感じられるのだから. もし2原色生物が「赤紫」という色を聞いたらさぞかし驚くのではなかろうか. なぜなら2原色生物にとって色空間は線分LSの1次元であり,その両端である 青紫と赤は対極の色になるからだ.その2つが「赤紫」という色を介して連続的に つながるとはとても思えないだろう.

しかし3原色生物にとって「赤紫」という色が自然に存在してしまうということが, 4原色生物の色感覚を考える時のポイントになる. つまり,われわれ3原色生物にとって不可思議な色であっても,彼らには 自然な色として存在することが予想されるからだ.

さて△LMSに話をもどそう.この三角形を風船に見立てて,ふーっと息を吹き込んで 膨らませてみよう.すると丸い形になるはずだ, こんな感じに. これがいわゆる「色環」だ. 実際のわれわれの日常感覚としては, 「頂点」という特別な点がある 三角形モデルよりも, 原色がすべて対等の関係を保って環形に並んだ 色環モデルの方が 自然に思えるのではなかろうか.

なお,実際の人間が感じる色空間については心理学的に詳しく調べられており, 有名なCIE色度図が その代表的な存在だ.CIE図の馬蹄形をした領域が,今までの話の △LMSとまったく同じものである.

3次元の場合(3): 色三角の探検その2

△LMSの探検をもう少し続けよう. 先程は三角形の辺に沿って探検したが,今度は内陸部に分け入ってみる.

まず一足飛びに三角形の中央.ここはすべての光を足し合わせた時に生じる色だから 「白」に相当する.もっともこの三角形では「明るさ」を考慮しないので, 灰色と言った方がより正確だろう.

ではこんどは三角形の辺上,つまり沿岸部から内陸部へ連続的に移動してみよう. このとき重要なことは,「色空間を連続的に移動した時に感じる色は,やはり 連続的に変化して感じる」ということだ.たとえば頂点Sから三角形の中央へ 連続的に移動すると,最初は「鮮やかな青紫」だったのが,徐々にくすんで 「灰色がかった青紫」に変わり,次いで「少し青味を帯びた灰色」になり, 最後は完全に「灰色」になってしまう(この間,「明るさ」の変化はないことに 注意.色合いのみが変化する).これは他の点からスタートしても同じだ.

このことから次のことが言える.三角形の中央を原点としたとき,中央から どちらの方向に光応答のベクトルが通っているかで色合いが決まる.また ベクトルの位置が三角形の中央からどれくらい離れているかで「鮮やかさ」 が決まる.離れれば離れるほど鮮やかな「原色」に近くなる. このように「鮮やかさ」のことを「彩度」と言い,「色合い」のことを「色相」 と言う.つまり私たちは2次元の色空間を「色相」と「彩度」という二つの要素に 分解して,一種の極座標表示のように感じていることがわかるだろう. (極座標的な感覚は色環モデルの方がより明確だ).

一般に,混合色は三角形の内部に入り込むので彩度が落ちる. ただし赤紫は例外的な色で,これは三角形の辺上に位置し, 単波長光と同じ鮮やかさを保っている.すなわち原色のひとつとして「赤紫」が 仲間入りしたと考えられる(このことも4原色生物について考える時の ヒントになる).

△LMSの探検をさらに進めてみよう. 「色空間内部で連続的に移動すると,知覚される色も連続的に変化する」 ということを念頭に置いて探検してみる. たとえば青紫から緑への変化は,青・青緑を経由して連続的に緑へとつながる. では「青から黄色」はどうか.この場合,△LMSの中央を通過する. したがって

青 → 灰色がかった青 → 青みを帯びた灰色 → 灰色 → 黄みを帯びた灰色 → 灰色がかった黄色 → 黄色
というプロセスを経る.このようにいったん色味を帯びない無彩色を経由して 初めて青から黄色へと変化しうる.

このようなプロセスは赤→緑の場合も生じる.円環上で向かい合わせの色を 「反対色」と呼ぶが,反対色ペアの特徴は,「その2つの中間の色を想像することが できない」ということにある(なぜなら,両者の中間の色は灰色になるのだから). たとえば「黄青」とか「赤緑」という色を想像することはできないだろう. それに対して「黄赤」と言われたら「橙色」を思い浮かべるのではなかろうか.

3次元の場合(4): 反対色

3次元の場合の反対色について考えてみよう.

2次元の場合もそうであったが,錐体空間 (l, m, s ) から 明るさの情報と色の情報を分離する時に反対色が生じると書いた. 3次元錐体空間から 明るさの情報を取り出すように座標変換してみよう. 3次元の場合,いろんな変換が考えられるが, たとえばこんな具合だ.

上図を見てわかるとおり,明るさを除いた色空間の次元は2次元だ. したがって色空間上の位置を指定するには2本の座標軸が必要になる. この図の場合,それぞれが赤 vs 緑の反対色,赤・青 vs 黄の反対色に なっている.すなわち色空間上の座標を指定するには,色空間の次元数と 同じ数の反対色ペアが必要になる.

この図はコイの網膜2次ニューロン (水平細胞)の光応答波形だ (A. Kaneko, Jpn. J. Physiol. vol.37, pp.341-358, 1987.). コイは錐体入力型の水平細胞を3種持ち,H1が明るさ型, H2が赤vs緑反対色型,H3が赤・青vs黄反対色型になっている. またこのような光応答特性のメカニズムは このようなモデルで 表わせる(明るさチャネルが l + m + s ではなく l のみに なっているのは理由があるのだが,その説明は省く. この点はあまり気にしなくて良い).

ヒトの場合も似たように,1つの明るさチャネルと2つの反対色チャネルを持つ. ヒトの場合は進化的な事情があってややこしいので,ここでは出さないが, 言いたいことはこうだ. 色空間がn次元ならば,n個の反対色チャネルが必要になる, ということだ.たとえば錐体を3種持っている生物がいたとして,反対色チャネルを 1つしか持っていなかったとすれば,その生物が本当に3次元の光応答空間で物を 見ているかは疑わしい.

上のことを,やはりコイを例にして説明しよう. コイは赤・緑・青錐体の他にUV錐体を持つ (……と思ったが,公式にUV錐体の存在が報告されているのは コイではなくキンギョだった.が,キンギョとコイの網膜は区別がつかないほどよく 似ているので,この場ではその違いを気にする必要はない). ということは4次元の錐体応答空間を 持ち,3次元の色空間を持つことが期待できる.ところがいくら探しても反対色 チャネルは2つしか見つからない.どうやらUV錐体の応答は青錐体の応答と加算され て2次ニューロンへ伝えられているように思える.もしそうだとすると,UV錐体は 単に青錐体の帯域幅を広げるためにしか役立っていないことになる. このような場合,いくら4種の錐体があっても,事実上は3種(そのうちのひとつは 帯域幅の広い青錐体)しかないのと変わりがない.

3次元の場合(5): 混色

3次元の場合の混色も2次元の場合と同様だ.

(l, m, s ) 空間上の 3つのベクトル A, B, C を任意の強度で足し合わせることで表現可能な光は, 3つのベクトルにはさまれた領域になる.明るさは強度を変えればいくらでも 変えられるが,色はA, B, Cの3つのベクトルが色空間を横切る3点で囲まれた 三角形の範囲しか表わされない.

はCIE図の上に典型的な ブラウン管モニタの3原色R, G, Bの位置を書き込んだものだ. すなわちブラウン管上で表現できる色は図中の三角形の内部になる.

よく「3原色あればすべての色を表現できる」と言われるが,正しい言い方ではない. 光応答空間が3次元だから,最低3つのベクトルが必要だと言うことにすぎない. (理想的な錐体応答特性を持つ場合は色空間が正三角形になるため, その頂点をベクトルとする色を3つ選べば「すべての色を表現できる」 ことになる). ブラウン管の場合,もうひとつ電子ビームを増やして4つの光の混色で表わせば, 今度は四角形で囲まれた領域を表現できることになる.その方がずっと表現できる 幅が広がる(最近,カラーフィルムで4つの層で表現するものが出て来たが 同じ話だ).

これでほぼ3次元の光応答空間の探検をし終えたように思う. 次回からいよいよ4次元へと進んでみたい.


4次元の場合

Subject: 4次元の場合(1)

さていよいよ4次元の場合だ. 3次元のときとまったく同じやり方で,光応答空間を探検してみよう.

まず,錐体が4種ある.4種の名前を L, M, S, U としよう (U は Ultra Short の頭文字だ.あるいは Ultra Violet の頭文字でもいい). そしてこれらの波長特性を この図のようにする (本当はUをUV領域に伸ばしたかったのだが,そうすると図が描けなくなるし, 私たち人間にとっても想像不可能になるので紫に対応させることにした). これも今までと同じだ.そして光応答は (l, m, s, u ) という 4次元ベクトルとして表わされる.そこでこれまた今までと同様に, さまざまな強度,さまざまな波長の単波長光を与えた時に, (l, m, s, u ) 空間のどこにプロットされるかを見てみよう. この図がその結果だ. (あいにく3次元空間に生きているわれわれにこの図を表現する有効な手段はない).

苦しい図を見てわかるとおり,(l, m, s, u ) 空間全体を描くのは無理だが, しかし光強度を一定にして波長のみを連続に変えた時に (l, m, s, u ) 空間内でどのような軌跡を描くかは表わすことができる.

2次元の場合,色空間は (0,1) と (1,0) をつなぐ1本の線分で表わされた. 光強度が1の光を,波長を連続的に変えながら与えると,光応答のベクトルはこの 線分上を移動した.同様に光強度2の光を与えた場合は,(0,2) と (2,0) をつなぐ 直線上を移動した.

3次元の場合,色空間は (0,0,1) と (0,1,0) と (1,0,0) をつなぐ正三角形上に 表わされた.

4次元の場合も同様だ.色空間は (0,0,0,1) と (0,0,1,0) と (0,1,0,0) と (1,0,0,0) をつなぐ3次元の立体として表わされる.この立体は頂点を4つ持ち, 各頂点間の距離はすべて等しい.つまり正四面体になる.

そこで光強度を1に固定したまま,波長だけを連続的に変えた場合の (l, m, s, u ) 上の軌跡,すなわち4次元の色空間を描いたものが この図だ(先程の図から 光強度1の部分だけを取り出してきた). すべての単波長光は,正四面体の辺LM, 辺MS, 辺SU の上に来る. 波長の短い順にたどってみよう.

  U → S: 紫→青→緑
  S → M: 緑→黄緑→黄
  M → L: 黄→橙→赤
光強度が2のときは,この正四面体の大きさが2倍になるだけだ. われわれの目的は,4原色生物がどう色を感じているかを知ることだ. 光強度が変わった時に明るさが変わって見えるという点では,4原色生物も 3原色生物も同じなので,今さら改めて考える必要はない.すなわち, この正四面体の中にどのような色が隠されているか,それを探検すれば よいということになる.

4次元の場合(2)

週末でいったんお休みしたけれど,4次元の続き. まず最初にお断りしておくけど,本来は赤・緑・青・UVを4原色に取るのが自然 なのだが,それだとディスプレイ上に色として表現できないし,「紫外線ってどんな 色に見えるんだ?」という,余計なことまで考えないといけない(4次元の色でさえ たいへんなのに,紫外線の色まで考えたくはない).そこで4原色を 紫(青紫)・緑・黄・赤として,考えている.この場合,これら4つの色を 頂点とする正四面体としてすべての色(明るさの成分は除く)が表わされるところまで 話をした.そこでこの正四面体上を探検しようという話が,前回までのあらすじ.

さて,この正四面体の上に単波長光をプロットすると この図のように, 正四面体 USML の辺上に沿ってジグザグに並ぶことはすでに話した. これらはわれわれにとっても既知の色だ. では正四面体の他の部分にはどんな色が来るかを今回は考えてみる.

単波長光以外でわれわれが知っている色と言えば,赤紫系の色がある. これを書き加えてみよう.すると この図のように, 線分LU上に赤紫のラインができる. これで青紫から始まって再び青紫で終わる色環ができたことになる. ただしこれがきれいなリングになるのは3原色の場合で,4原色の場合は 図のようにV字に折れ曲がった二つの平面上に位置する変な形になっている.

われわれが知っているもう一つの色は(色と言ってよいかどうかわからないが), 白や灰色の無彩色がある.これは正四面体の中心に位置する. 中心が無彩色で,正四面体の表面に近づくほど色が鮮やかさを増す. すなわち正四面体中心を原点とした時,原点からの離れ具合が「彩度」を表わす という点においては,3原色も4原色も同じだ.正四面体の表面から中心へ向かって まっすぐ移動すると,色合い(色相)そのものは変わらないまま,どんどん色が 無彩色に近づいて行く.

これらのことから,以降は正四面体の表面だけを探検すればいいということに なる.内陸部については彩度を落としただけだから理解については困らないと言う わけだ.

4次元の場合(3): 黄紫と赤緑

4原色の色空間である正四面体に, われわれの知っている色を書き込む ところまで進んだ.いよいよこれから未知の色へと進むことになる.

まず考えて見たいのは, この図 の線分UM上と線分LS上だ. 正四面体の辺の上でこれらの部分だけが空白のまま残っている.

未知の色は当然われわれの知っている色ではない.しかし

正四面体上でベクトルを連続的に動かした場合,感じる色も連続的に 変化する
という原理を利用してそれらの色を想像してみよう.

まず線分UM上を考える.

線分UMの両端は紫と黄色だ.したがって点Uから徐々に点Mに向かってベクトルを 移動して行くと,紫から黄色に連続的に色が変化して感じるはずだ. さらに,中間地点の色は,紫と黄色の両方の特徴を持つ中間的な色に感じるはずだ. ちょうど赤紫が赤と紫の両方の特徴を持つ中間的な色として感じられるように. そこでこの場では,紫と黄色の中間の色を(便宜上)黄紫 と呼ぶことにする.

では黄紫という言葉を使って線分UM上をたどってみよう. すると次のように連続的に色が変わって感じるはずだ.

  紫(スタート)
   ↓
  黄がかった紫
   ↓
  紫味の強い黄紫
   ↓
  黄紫
   ↓
  黄味の強い黄紫
   ↓
  紫がかった黄色
   ↓
  黄色(ゴール)
これを強いて図で表現するなら, こんな感じになるだろう. 「黄紫」という色がどんな色であるか,それだけではまったく想像することが できないが,このように前後の連続的な変化を考えることでどんな特徴を持った 色であるかは推測することができる.

ここで一つ注意すべき点がある.3原色で紫(青紫)と黄色は反対色の関係にある. したがって両者を混ぜると無彩色(灰色)になり,彩度が非常に低くなる. しかし4原色における「黄紫」という色は「赤紫」と同程度に鮮やかな色だ. 事実上,原色と思って良い.2原色生物にとって鮮やかな色をした「赤紫」が 想像できないのと同じように,3原色生物にとっては「黄紫」の色の鮮やかさや, ましてその美しさを想像することは不可能だ.

次に 正四面体の残った最後の辺, 線分SLを考えて見たい.線分SLは赤と緑を両端に持つ.したがってその中間の色は 赤緑 と名づけるのが適当だろう.

線分UMの場合と同様に,連続的な色の変化を考えてみよう.

  緑(スタート)
   ↓
  赤味がかった緑
   ↓
  緑味の強い赤緑
   ↓
  赤緑
   ↓
  赤味の強い赤緑
   ↓
  緑がかった赤
   ↓
  赤(ゴール)
という具合だ.これを図にするなら こんな感じになるだろう. ここでも同じ話だが,4原色生物にとっての赤緑は鮮やかな原色の一員で あるということだ. 3原色生物の場合,赤と緑を混色するとただのグレーに近い彩度の低い色に なってしまうのだが.

「黄紫」や「赤緑」という色に対して,「名前をつけただけでちっともわかった 気がしない」という声があるかもしれない.もちろんそれはもっともな意見で, そもそも4原色の色なぞわかった気がする方がおかしい.しかし,だ. 「黄紫」だとか「赤緑」だとかいった色空間の一点のみを考えただけでは ちんぷんかんぷんでも,色の連続性から「緑味の強い赤緑」などの色を考えることで, このような未知の色が4原色色空間の上で矛盾なく存在し,しかも一定の特徴 (赤と緑の中間的な感じを持つなど)を有することはわかるはずだ.あとは各自想像を たくましくして少しでも感じ取ろうと努力する以外はないと思う.

正四面体の色空間の探検はまだ続くが,とりあえず踏破した部分の色地図を描くと こんな感じになるだろう.

4原色の場合(4): 面の探検

さて,正四面体の辺上は すべて探検しおわった. 次は正四面体の各面を考えてみよう.

まず 面USMを考えてみる. この面は紫・緑・黄を3頂点とする正三角形だ.そして紫−緑ラインの中間は青, 緑−黄ラインの中間は黄緑,そして紫−黄ラインの中間は先程出て来た黄紫だ.

さて,先程と同じように,今度は各頂点から出発して向かいの辺まで連続的に 移動してみよう.まず黄→青と移動してみる.すると黄色から青まで,三角形 USMの中心を通って連続的に色が変化する.そこで便宜上,この面の中心の色を 黄青と呼ぶことにしよう(この色も原色のように鮮やかに感じられるはずだ). 以降,この図を見ながら以下の 説明を追ってもらいたい.

例によって黄から青への変遷を連続的に追ってみる.

  黄色
   ↓
  黄がかった黄青
   ↓
  黄青
   ↓
  青がかった黄青
   ↓
  青
となることだろう.黄青という色もまったく想像しにくい色ではあるが, それについてはあまり悩まずに次に行ってみよう.

では今度は別のルート,「紫から黄緑」を考えてみよう. (この図で言えば 左下から右上へのルートだ).この場合,色は次のように変遷することだろう.

  紫
   ↓
  少し黄色と緑が同時にかかった紫(黄緑がかった緑)
   ↓
  紫がかった黄青
   ↓
  黄青
   ↓
  黄色と緑がかった黄青(黄緑がかった黄青)
   ↓
  少し紫がかった黄緑
   ↓
  黄緑
という具合になる.青みの成分が紫から徐々に緑へと変わり,同時に黄色味を 帯びてくるという感じだ.ここで「黄緑がかる」と単純に言い切らず,あえて 「黄色と緑がかる」という言い方をしたのはわけがある.それは最後のケース, 「緑から黄紫」へのルートを考える時に便利だからだ.

では最後に「緑から黄紫」を考えてみる. (くどいようだがこの図を 常に参照してほしい).三角形の垂直のルートだ.この場合,上へ行くほど緑が, 下へ行くほど黄色と紫の色が強くなる.この場合,「黄紫がかる」という言葉が 想像不可能なので,上の「紫から黄緑」のケースに倣い,単に「紫」を「緑」に, 「黄緑」を「黄紫」と言葉を置き換えてみよう.することこんな感じになる.

  緑
   ↓
  少し黄色と紫が同時にかかった緑(黄紫がかった緑)
   ↓
  緑がかった黄青
   ↓
  黄青
   ↓
  黄色と紫がかった黄青(黄紫がかった黄青)
   ↓
  少し緑がかった黄紫
   ↓
  黄紫
このように,色としては想像しにくいものの,やはり筋の通った変化を 示すことがわかる.

黄青を中心にした面上の色の変化はまったく想像しにくいものの, それでも全体として矛盾なく成立していることには気づいてほしい. たとえば上で挙げなかったようなルート, たとえば「黄紫」から「黄緑」へ移動する場合でも

  黄紫
   ↓
  (やや黄がかった)黄青
   ↓
  黄緑
というルートを通るはずで,これも筋が通った変化だ. なぜなら「紫と緑の中間が青」ならば, 「黄紫と黄緑の中間は黄青」となることが予想されるからで, 「黄」の成分を一定に保ったまま「紫の成分が緑の成分へ」変化するような形で 色合いも変化すると考えられるからだ.

同じことの繰り返しになるが,これらの色が「どんな色に見えるか」を直接想像しても できるわけはない.むしろ4原色の色は互いにこんな特徴を持って感じられるのだな, と考えながら想像してほしい.

4次元の場合(5): 面の探検その2

さて, 4原色の色空間(例の正四面体) の他の面も同じように探検してみよう.

まず 三角形SML. この場合,面の中央は橙緑と呼ぶのが適当であろう. この面内で色ベクトルをさまざまに連続的に動かし, たしかに「赤青」という色をはさんで矛盾なく色が変わってくれることを確かめて ほしい(4次元の色を感覚的に理解したいのならば,結局は自分でいろいろ やってみる他にしようがない.誰かがその感覚だけをぱっと伝授できれば 本当に楽なのだが).

続いて 三角形SLU. この場合,面の中央の色は赤青と呼ぶことにしよう. 同じように各自いろいろ試してもらいたい.

最後は正四面体の底面, 三角形MUL. この面の中央は橙紫と呼ぶのが適切だろう.

これで各面の中央の色が出揃ったわけだが,同時に各面のすべての色についても 探検しおえたことになる.

4つの面の中央の色は,黄青・橙緑・赤青・橙紫の4色だった. 実はこれらの4色が減法混色の4原色になる.

4次元の場合(6): 色球

3次元の色空間を 丸く膨らませると 色環ができた. わたしたちの感覚では,3つの色を頂点とした三角形よりも, むしろ原色が環状に並んだ方が近いかもしれない. 4次元の場合も同じように考えることができるだろう. この場合, 球面の上に さまざまな色が並ぶことになる.

球面上の色の配置を図で示すのは,世界地図と同じ問題でやさしくない. ためしに緑を北極にした地図 を描いて見た( 正四面体で描いた場合).この図では同心円状に色が並んでいるが,外側の円周と内側の円周の 間に赤道が来る(だから外側の円周上の色は本当は見えないはずだ). 南極は橙紫.つまり緑と橙紫は反対色の関係にあると言える(緑と橙紫を 混ぜると灰色になる).なお正三角形の辺に相当する部分を太い破線で示した.

逆に橙紫を南極にして同じ図を描いたのが こちらの図だ. これら2つの図はあくまでも緑と橙紫を中心に描いたもので, 中心からの方角と距離は(おおむね)正しい. したがって中央の色とその他の色との相互関係を知るには便利だが, 残念ながら中央以外の色同士の関係は正しく示していない. たとえば外周に行くほど隣の色との間隔が広がるが, 実際にはそのようなことはない.

このような地図は色空間の任意の点を中心にして同じように描くことができる.

4次元の場合(7): 色立方体

さて,先程の地図 では,中心になる色と他の色との位置関係はわかったが,任意の色と色との 位置関係はわかりにくかった.そこでもう少し良い色球の表記方法はないか 考えてみよう.

3原色の場合,三角形の頂点に加法混色の3原色が来る. そして各辺の中央に減法混色の3原色が来る. この二つの三角形をちょうどダビデの星のように重ねて正六角形を作ると, 色環上の色をちょうど 60度ずつサンプリングしたような形になる. これと同じことを色球でもやってみよう.

2つの正四面体の8つの頂点がちょうど等間隔に並ぶように配置すると, 正六面体ができあがる(逆に,正六面体の頂点をひとつとばしにつなげると 2つの正四面体になる).4原色の色空間である正四面体の各頂点に相当するのは 加法混色の4原色である紫・緑・黄・赤が並ぶ.それに対して4つの面に相当するのは 減法混色の4原色である黄青・橙緑・赤青・橙紫である.これら8つの点が 立方体の頂点に来るように配置する.また正四面体の6つの辺上の色は, ちょうど正六面体の6つの面の中央に位置する.

この方法で図にするとこうなる. この図では90度ずつ回転させてみた. このように表示することで 4原色空間の色の相互的な位置関係が正四面体の場合よりずっとわかりやすくなる. 正四面体の場合,辺を乗り越えて隣の面との色の相互関係を見るのが難しかったが, この図ではそれがずっと見やすくなっている.できるならもう一度,この図の上で 色の探検をしてほしい.

ところでこの4原色空間の色立方体の上で,単波長光がどのように配置されているか 追いかけてみると,かなり複雑な軌跡を描くことがわかる.どうも4原色空間では 単波長光を単純な座標変換で取り出すことはできないのではないかと思われる.

4次元の場合(8)

さて下の話の復習. まず 4原色の色空間である正四面体 を膨らませて, 色球を作ろうとした. しかし球面上での座標と言うのは案外わかりにくい. そこで正六面体にしたものが下図 というわけだ.実際には正六面体の各面の中央を少し飛びださせると (面の形が三角形の24面体になる)より球に近づくだろう.

球に近づけようとする理由は2つある.一つは,色と色との相互関係を理解する時, 正四面体では頂点や辺がいわば特別な点になってしまいやすい.完全に球になって しまえば,原色は互いに対等な関係になり,正四面体と言う形に捕われることなく 色と色との相互関係を理解しやすくなるということだ.

もう一つの理由は座標のとり方だ.3原色の場合,元々は (l, m, s ) と いう3次元ベクトルで表現されていた光を,明度・色相・彩度という3つの 心理物理量の形に座標変換していた.そして 色相と彩度は,3原色色空間に おける極座標表示として理解できる.すなわち中央の無彩色を原点として, 原点からの距離を彩度,原点からの方角を色相として捉えるのだ.

では4次元空間の場合,いったいどのような心理物理量に座標変換されるの だろうか.もう一度光応答空間の次元数と対応させて復習してみよう.

  1次元 → 明度
  2次元 → 明度・色相
  3次元 → 明度・色相・彩度
という具合だ(※注.2原色の場合,彩度が存在しないという考え方はおそらく 正しくない.ただしここでは4次元の色について考えることを本題とするため, 話を単純化して,とりあえず上記のように書いておく).

では4原色の場合,色を表現するのに色相と彩度以外に新たな「何か」が 導入されるのだろうか? われわれ3原色生物には感じられない,新しい色の 属性が発生するのだろうか.この疑問について考えるためには,色球上にどのように 色が配置されるかを考える必要があった.その結果として,そこそこ球に近く, かつ互いの位置関係もわかりやすい「色立方体」にたどりついた.

上記の疑問に対して,現時点での私の考えはNOだ. すなわち色相や彩度以外の新しい属性は発生しないと思う. それは色立方体上の色の配置を見ればわかる. どうも4原色生物は,ひとつの色に対して同時に2つの色 (←われわれが感じるところの)の属性を与えることができるようだ. 例えば赤緑とか黄紫という具合に.そして,ひとつの属性の強度を固定したまま, もう一つの属性を変えることができる.たとえば黄紫→黄青→黄緑というように.

ということは,色相を表現するに二つの次元が必要だと言うことになる. 4原色生物でも,色を原点を中心とした3次元空間の極座標で表わすことは 可能だろう.そして原点(無彩色)からの距離が彩度となるのも同じだ. しかし残りの二つの角度は,どちらも色相を表わすと考えられる.

このことは,色球上で単波長光が複雑な軌跡を描くことともつながる. すくなくとも色球上で単波長光のみを他の色と区別するような簡単な 座標変換は存在しない(3原色空間では彩度という軸を使って分離できた). おそらく4原色生物は,単波長光と,他の原色とを特別に区別していないのでは ないか(われわれもまた,赤紫を他の単波長光と特別に区別していないと言える. ただ,われわれの場合,原色のメンバーで単波長光に属さないのが赤紫のみで, それ以外はすべて単波長光で表現可能な色である).

4次元の場合(9): 4原色生物の実例

先の掲示で「明度・色相・彩度に次ぐ第4の属性はないのではないか. むしろ色相が2次元になるのではないか」と書いた.これは十分な (説得力のある)根拠の元に言っているのではなく,現時点での推測に過ぎない. 4原色の色空間をいろいろ探検して見た感触として述べているだけなのだが, 第4の属性になりそうなものは(今のところ)見つかっていないし, その一方で色相を2次元と考えることで色空間におけるの連続的な変化を 理解しやすいように思う.もっともこれだけでは納得させるのに不十分な 説明だとは自分でも感じているが.このあたり,意見を聞かせてもらえたらうれしい.

さて長々と掲示してきたが,最後に「4原色で物を見ている生物はいるのか」という 話をして締めくくりたい.

以前にも述べたように,4種の錐体を持つ生物は実際にいて,キンギョ(とその 類縁)を例として挙げた.ただしこの場合は反対色チャネルが2種しかなく, 4原色の色空間を持っているとは考えられないということも述べた.4原色の 色空間は正四面体という3次元の立体で表わされ,そのうちの1点を座標として 指し示すためには,3つの一次独立な座標軸が必要になる.すなわち反対色 チャネルが3つ必要になる.

反対色チャネルを3つ持つ生物としては魚のウグイが知られている. ウグイの2次ニューロンの波長特性をおおざっぱに示したものが この図だ. ウグイはH1, H2, H3, H4の4種の錐体入力性二次ニューロン(水平細胞)を持つ (この他に桿体入力性のがある).実はH1, H2, H3まではコイやキンギョも 持っており,H4がウグイで見つかったものだ.

このうちH1はすべての波長の光に対してマイナスの応答を示す.つまり H1は明るさ情報に対応すると考えられる.それに対してH2はUV・青・緑vs赤の 反対色を示す.これを 4原色の色空間で示すとこうなる. H2は正四面体を垂直に2分する2つの領域に分けることがわかるだろう.

H3はUV・青・赤vs黄の反対色を示す.これも同様に 4原色の色空間で示すとこうなる. H3も正四面体を垂直に2分する2つの領域に分ける. H1, H2, H3までだとコイやキンギョの場合と同じだ.これだけだと 正四面体の水平方向の座標を示すことはできるが,垂直方向の座標を示すことが できない.

ではウグイのH4の場合はどうなるだろうか.H4について 4原色の色空間で示すとこうなる. この場合,正四面体を斜めに2分する.3つの反対色チャネルは(直交こそしないが) 一次独立であり,3次元の色空間の座標を指定することができる.

以上のことから,少なくとも網膜の初期段階においてウグイは4原色として 色の情報処理をしていることがわかる.もちろん本当に4原色として感じているか どうかはより高次のニューロンを調べてみないとなんとも言えない (それについてはほとんど調べられてないだろう).

これで4原色の色空間の話は(私の方からは)ひとまず終わりと言うことにしたい. いずれ機会(と時間)があれば,まとまった話として読めるようにWeb上で 整理するつもりでいる.

4次元の場合(10): 2進コードでの探検方法

コーヒーの飲み過ぎで明け方過ぎまで寝られず,布団の中でもんもんとしながら 考えるのは4次元色の話.すると,下で紹介した以外にもまだまだ切り口や 探検方法があることに気がついた.

まず最初にお断り(くどいかもしれないが).4次元色なんて,そもそも わかりっこないのだ.だからこの掲示をつらつら読んだり,あるいは図を 眺めたくらいではわかった気にすらならないと思う.結局,自分で手を 動かして図を描いて見てようやく「ははあ,こうなっているのかあ」と 少しはわかった気になれるというもの(それでもやっぱりわからないものは わからないが).だからここで紹介できるのは,「3次元までの基礎知識」と 「4次元の探検方法」だけなのだ. これをガイドブックがわりに,探検するのはあなた自身.

さて今回紹介する探検方法.

コンピュータでは通常,R, G, Bをそれぞれ256階調で表現することが多い. この場合,1ピクセルが表現しうる色は (r, g, b) というベクトル空間であり, それぞれ 0〜255 までの整数値を入れることができる.ではこれを思い切り 単純化して,0 と 1 の2階調の場合で考えてみよう.この場合でも (0,0,0) から (1,1,1) までの8色を表わすことができる(昔懐かしい パソコンがこうでしたナ).

まず 3次元でやってみるとこうなる. (0,0,0) と (1,1,1) がないが,両者は黒と白に対応する. 互いに隣り合う色同士でベクトルの成分を比較した場合,常に1つしか違わない ということだ.

では同じ話を 4次元でするとこうなる. この場合も,隣り合う色とベクトル成分を比較すると1つしか違わないことに注意. そしてそれぞれの色に4bitの2進数を割り当てることができる.

もし今までの議論で出て来た「赤青」とか「黄紫」とかの名前が気に入らない (あるいはわかりにくい)のであれば,すべての色名を 1101 や 1100 のような 2進数のコード名に置き換えて考えてみると理解しやすいかもしれない.

以上,探検方法のちょっとしたヒント.

4次元の場合(11)

さて,せっかく4次元の色球を作ったのだから,経度・緯度を書き込むことで すべての色をうまく極座標上に表現できないか挑戦してみよう.

正六面体を横から眺めると正六角形に見える.ちょうど直角の向きから眺める ことで座標を見つけてみよう.ここでは緑と橙緑のラインを北極に, 紫と橙紫のラインを南極として見てみることにする.

この図は色球を赤道側から 見た図だ.ここで北極と南極を通る子午線をひとつ決めて,その上に どんな色が並ぶか見てみよう.この図では子午線が長方形になっているが, それは色球を立方体で表現したためで,実際には長辺(青と橙)が膨らんで 六角形になる.

次にこの図は色球を北極側 から見た図だ.そして赤道上に位置する色を見てみよう.青と橙は 子午線と赤道が交わる点として選んだため,どちらの図にも出てくる.

子午線上の色と赤道上の色を ピックアップしてみたのがこの図だ.先程の図では長方形の上に載っていた 6つの色を正六角形状に配置して見た(この方が色球に近くなる). 六角形の中央は色球の中心,すなわち無彩色で,対面する色同士は反対色に なっている.

この図をもう少し詳しく 見てみよう.上の段の子午線上の色に座標軸を取るなら,上下(南北)方向が 緑−紫軸,左右が青−橙軸と見ることができるだろう.同様に赤道上の色を 見ると,赤−黄軸と青−橙軸の2つを取ることができる.

子午線と赤道を組み合わせて再び 立体に戻した図がこれだ.色は3本の座標軸で位置を指定することができる. もっともこの図では何がなんだかわかりにくいので,同じ図を このように書き直して見た. この図は,子午線と平行な円を描いた時に色球上でどんな風に色が変化するかを 表わしたものだ.3本の円形ラインの変化を見るとなかなか興味深い.

  中央のライン
    青 緑 橙 紫 

というのが基本としてあって,それに対して
  赤よりのライン
    

  黄よりのライン
    

赤味を帯びた円と黄味を帯びた円ができる.

同じように赤道と平行に 一周して見たのがこの図だ. この図でも赤道上の

  青 赤 橙 黄 青 
という一周が基本としてあり,これが北極(緑)側に寄ると
  
という一周を描くし,逆に南極(紫)側に寄ると
  
という一周を描く.

これらのことを考えると,色球上の色は (r,θ,Φ) の3次元極座標で表現され, rが彩度,θとΦが共に(互いに直交し合う)色相を表わすと考えるのが 自然な気がするがどうだろう.

4次元の場合(12): 色球の14面体表現

今まで4原色空間の色を色環ならぬ色球として表わすことを試みてきた. またなるべく正確な座標を示すため,球の代わりに正六面体(立方体)を 使って見た.座標の正確さを保ちながら,より球に近づけるには, 正六面体の頂点を切り落とした形 にすればいい.こうすることで立方体よりさらに球に近づき, 色同士の相対的な関係が見えてくる.

この方法を使って さまざまな方角からみたのがこの図だ. 反対色ペアが左右に並ぶように配置したので,左右のペアはちょうど 正反対の側から眺めたものになる.


色の感じ方について

色の感じ方について (1)

今までさまざまな角度から4原色の光応答空間について考えたが, 基本的な解析方法は数えるほどで,同じことをあちこちの角度から 眺めたにすぎない.ここまでで用いた操作をもう一度列挙してみる.

以上はすべて理論的な推論であり,理由を示しながら考察を重ねることができた. また憶測が入ったり他の可能性が入り込む余地も極力回避することができた(まっ たくなかったとは言わないが).しかし,このスタンス(論理的な推論のみで話 を進める)でこれ以上前進することは不可能だ.たとえば「結局,色をどう感じ ているの?」という認知的なレベルになると話はとたんに難しくなる.そもそも 人と人の間であってすら「あの人の感じる赤と私の感じる赤は同じだろうか?」 という懐疑を否定するのは難しい.

それでも,まったく手がかりがないわけではない.なぜなら,色球などの形で表 わされた色の空間表現は,その後の色覚情報処理に対しても制約を与えるからだ. したがって「これが正しい4原色生物の色の感じ方だ」というのは示せないものの, 「この解釈では色球と矛盾が生じるので,こんな感じ方をするはずはない」という ことは言っていい.したがって今までの議論と矛盾の生じない範囲で,もっともらしい 解釈をつけ加えることは無意味なことではないだろう.

そこでかなり根拠の少ない推論になることは覚悟の上で,もう少し考察を進めて みることにする.ここから先は必ずしも正しいとは限らないと言う条件つきで読 んでほしい.

色の感じ方について (2)

1錐体系の場合の光の感じ方 は以前に示した.この場合はモノクロ画像として感じられることについては 異論はないと思う.

もっともこの場合とて,「感じ方」になると自明ではないかもしれない.たとえ ばよく「白黒写真の世界」とは言うものの「赤や緑などと同列の,色としての白 や黒」として感じるわけではなく,「色のない明暗だけの画像」として感じるの だから.

われわれヒトも,暗がりの中では桿体のみの1原色状態になる. その意味ではまったく推測不可能な話ではない. では次のことについて考えてみよう. 暗闇の中で私たちは周囲を「灰色と黒の世界」と感じているだろうか. それとも「色がよくわからない明暗だけの世界」と感じているだろうか? このような質問はナンセンスと思われるかもしれない. しかし解答が自明な質問でないこともわかるだろう.

私はこのようなナンセンスとも思える問題を議論したいわけではない. 私が気にしているのは「推論が有効な範疇」を明確にしたいということと, ふだんのわれわれの色彩感覚が安易に推論の中に混じり込むのを避けたいという ことだ.

色の感じ方について (3): 2次元の場合(その1)

では2原色系の色の感じ方についても考えてみよう (錐体特性にオーバーラップが ある場合).

2次元の錐体応答空間では 単波長光の波長と強度を見分けることができる. また2原色の場合の色空間は 線分LSという直線になることも述べた.すなわち2原色動物は, われわれが青と感じる単波長光と,われわれが黄と感じる単波長光を見分ける ことができる.しかし,だからといって2原色動物の感じ方がヒトの場合と 同じ感じ方をしていることにはならない. (上記の図では波長を色で示しているが,これは読者にわかりやすいように 色分けしただけであり,実際にこれらの色として感じているとは限らない).

だからといって2原色生物に青い色を示しながら「この色は何色?」と尋ねたら 間違いなく「青」という答が返ってくることだろう.彼らが(われわれの 言うところの)青を(われわれが言うところの)赤として感じると言うような ナンセンスなことはないのだから.

※2原色生物の感じ方を色覚異常を持つ人の色の感じ方にダブらせて読むのは誤 解を招くのでしてはいけない.ここではあくまでも「話を単純化して特性を理想 化した条件下での話」にすぎないのだから.むろん両者はまったく無関係という わけではないが,一緒にするには相違点が多すぎる.もし共通点と相違点を正し く区別できないのならば,「とりあえず両者は別」としておいた方があらゆる意 味で安全だ.この点については改めて注意を促すつもり( 補足と注意 (1)).

色の感じ方について (4): 2次元の場合(その2)

さて2次元の場合の話を続ける. 先に述べたように根拠が十分あるわけではないものの, いくつか「感じ方」を知る手がかりはある.

ひとつは「色空間の中央」の感じ方だ. この図で示したように 2次元錐体応答空間での色空間は線分LSの1次元になる.その中央は ちょうどL, S錐体の最大感度の中間値になり,図では黄色で示した. すなわちヒトが黄色として感じる色を2原色動物は 線分LS上の中央に位置する色として感じることになる.

さて,2次元錐体応答空間における混色を考えてみよう. この図のように 混色はベクトルの和として表現できる. したがって赤(L)と青(S)の単波長光を混ぜても黄と同じ色ベクトルが生じるし, LからSまでの波長をすべて均一に含む光に対しても黄と同じ色ベクトルが 生じるだろう.3原色生物はこれらの光によって感じる色を「白」とか 「無彩色」などと呼ぶ(実際には「無彩色」もしくは「灰色」と呼ぶのが適切で, 「白」は「明るい灰色」,「黒」は「暗い灰色」に相当する).

すなわち2原色生物は「黄」と「灰(白)」を区別できず,同じ色として 感じることになる.

ならば線分LSの中央は,黄色ではなくむしろ「灰(白)」に対応しておいた 方が現実に即しているのではないか.なぜなら中央の点は太陽光と言う照明光に 相当しており,この光はほぼ無彩色なのだから.

2原色生物は,おそらく線分LSの両端を「鮮やかな赤・青」として感じ, 線分LSの中央を「灰(白)」として感じるのではないか.したがって 単波長光の波長を少しずつ変えて行った時の感じ方としては, 青から始まって連続的に緑へと変化しながら同時に彩度が落ちて灰色がかり, やがて完全な灰色を経て次第に赤味を増し,最後は鮮やかな赤で終わるのでは ないだろうか.

手がかりの第2は色空間の直線性だ.線分LS上の一点が色に相当するが, その点の座標を指定するには1個の座標軸があればいい.すなわち反対色 チャネルが1つあればそれですむ.そして反対色応答が連続的に変化すると, 感じる色合いも連続的に変わる.すべての色は1次元の連続性の中に存在する.

「色の変化が直線的な座標の連続性として感じられる」という言葉の意味を 考えてみよう.これは異なる線分LS上の異なる2点に対応する色を考えた場合, その中間に位置する色は2色の双方の特徴を引き継ぐと考えられる.このような 感じ方はわれわれ3原色生物でも生じる.たとえば緑と黄色の中間的な色は 黄緑であり,黄緑は黄色と緑の両者の特徴を兼ね備えた色として感じると言うように.

ところがこのような連続性は,3原色生物の場合,色空間の上で遠く離れた 色同士の間では成立しない.たとえば緑と赤を考えた時,単波長光ならば 両者の中間は黄色に相当するものの,しかし黄色と言う色は,緑と言う色とも 赤と言う色とも似ていない.まったく独立した別の色だ.なぜこのようなことが 生じるかと言うと,3原色の色空間は三角形(もしくは色環のように円形)に 折れ曲がって表現されるため,短距離ならば直線的に(連続的に)色合いが変化 するにも関わらず,長距離で見るとまったく別の色に変わってしまってことが 生じるのだ.

2原色生物の色の感じ方は,このことから推測することができる. すなわち3原色生物が,(色空間上で)互いに近距離にある2色の間が 類似した色の連続的な色合いの変化として感じられるわけだが,このような 色の感じ方を2原色生物は色空間の全体にわたって感じるというわけだ.

以上の2点をまとめて,2原色生物の色の感じ方を列挙してみよう.

これらを総合すると,どうも赤っぽい色と青っぽい色と,そして灰色っぽい色で 表わされるこの図のように感じるのでは なかろうか.

以前,このようなことを書いた.

  1次元:明るさ(光強度)
  2次元:明るさ+色合い(色相)
  3次元:明るさ+色合い(色相)+鮮やかさ(彩度)
これは色に伴う属性の数が,錐体応答空間の次元と等しいという意味で述べた. これは基本的な理解としては間違っていない.しかし正確でもない. 上記の考えに従えば,2原色生物であっても彩度に相当する感じ方をしている 可能性だってありえるわけだ.ただし色相と彩度が連動してしか変化できない ので,トータルの次元が増えるわけではない.
※くどいけど補足.実際に2原色生物がこう感じているという根拠がある わけではないので,あくまで一つの可能性として受け止めてほしい.

色の感じ方について (5): 3次元の場合

三次元の場合の「感じ方」は,今さら説明する必要はないだろう. しかしふだんの私たちの色の感じ方が,今まで解説してきた正三角形の 色空間や,2つの反対色チャネルなどでうまく説明つくことが多い.

「4原色生物の色球を3原色生物であるヒトが見たらどんな風に感じるのか」 というリクエストがあったので,試しに描いて見たのが この図だ. 上段の2つが4原色生物,下段の2つが3原色生物が見た時の色球だ. ヒトにとってどのように見えるかは,CIE図から計算すれば正確に割り出せる (ただしこの図は正確に計算して描いたものではなく,おおざっぱに感じだけ 再現して見ただけ).4原色生物にとって鮮やかに見えるいくつかの色の違いを, われわれが完全に見分けられなくなるわけではない.しかし彩度が下がったり, 違いが微妙になってわかりにくくなったりする.

2原色生物が3原色生物の色環を見た時にどう感じるかは宿題. ヒントはこの図.また赤紫は 赤+青によって生じるのでやはり無彩色に相当する.

色の感じ方について (6): 4次元以上の場合

4原色動物の色の感じ方についても,次元が1〜3までの場合を延長して 推測できるだろう.それについて考えていないわけではないが, ここではこれ以上述べるのは控えたい. 憶測混じりの仮説になるのはしかたがないにしても, せめてそこに至るまでの道筋くらいは紛れもない言い方で示したいからだ.

5次元より多い場合にどうなるかはまったく未知の領域のように思われるかも しれない.確かに光のスペクトルに関しては未知なのだが,音のスペクトルは 5次元よりもはるかに大きい次元でわれわれは感じている.したがって音の 感じ方はひとつの参考になるかもしれない.たとえば4原色生物は色を和音の ように感じることができるだろうか?というのは興味深い問題設定だ.

ただし安直に聴覚とのアナロジーを持ち込むのには注意したい.われわれの 聴覚は20Hzから20000Hzという1000倍ものレンジを持つのに対し,光の方は たかだか400nmから700nmまでの範囲にすぎない.これは1オクターブにすら ならない.また音の場合は倍音というのが意味のある構造になるが,光の 場合はこれに対応するものがない.


補足と注意

補足と注意 (1)

このテキストでは,視細胞の特性などをかなり思い切って単純化した.そのため 美しい幾何学的構造が現われた.この単純化は色覚の本質を失うものではなく, むしろ非本質的な現象を切り捨てて本質を際だたせるものだ.しかし,現実の 視覚系が持つ特性を考える時は,本テキストで切り捨てたことについても知って おく必要がある.特にヒトの視細胞の特性は(進化的な理由で)クセがあるので その影響は無視できない.

本テキストで理想化した視覚特性と現実の視覚系との違いのうち,代表的な 点を挙げておく.

色覚異常(いわゆる色盲や色弱)を持つ人の感じ方は,本テキストで述べた2原 色生物の場合と一致するわけではない.その理由として,上に挙げたいくつかの 点を切り捨てて単純化したこと(特にL, M錐体の類似性は大きく効く)と,色覚 異常とは言っても特定の錐体の色素がまったくなくなるとは限らないからだ.す なわち3原色色空間である正三角形LMSは完全につぶれて1次元になるのではな く,つぶされて変形は受けていても三角形の形は残っている. 変形の程度は人によってさまざまで,ほとんど一次元になってしまうような重度 の場合もあれば,あまり変形を受けず三角形をよく残っている場合もある. いずれにせよ,2原色生物の話がそのまま成り立つと考えるのは早計だ. Web上で多くの方の手記を見つけることができるだろうから, まずはそれを参考にしてほしい. また本テキストで述べた「方法論」の方は依然として有効であり, より深い理解を得る上では大いに役立つと思う.

補足と注意 (2)

本テキストでは,4原色を持つ動物の色覚について扱ってきた. そしてウグイが4原色動物ではないかという話もした. こう書くと,本テキストはウグイの色覚について書かれたものではないかと 誤解されるかもしれないので,それについて一言書いておく.

ここで書いた4原色生物はあくまでも架空のもので,視細胞の特性も含めてすべ て理想化(あるいは単純化している).その意味では「架空の4原色生物の色覚」 について書いたものと思ってほしい(実は1〜3次元も架空の生物なのだが).

4原色生物である必要条件は,4種の錐体を持ち,3つの反対色チャネルを持つ ことだ.その意味でウグイは4原色生物の資格を持つ.しかし本当に4 原色生物のメンバーかどうかは,それこそ中枢を調べるか行動実験(いわば心理 実験)をするかしなければわからないだろう(魚の行動実験は可能で,実際,キ ンギョの色覚は行動実験で調べられている).

最後に図について. 本テキストで用いた図は,すべてUNIX上のidrawで描いたものだ. このソフトで使える色数は非常に少なく,そのため色を表現する上で かなり苦労した.図で示した色はあくまでもめやすでしかない.


おわりに

以上で4原色生物の色覚の話について,ひとまず書きたいことはすべて書いたかなと思っています. 何人かの方からレスポンスを頂きまして,本当にありがとうございました. アイデアをメモする代わりに一気にタイプしたような物なので, ほとんど推敲も読み返しもしてませんし,構成なんて考えもせずに書いてます. ですから文体がつっけんどんだったり,あるいは文がよれてたり, 一貫性がなかったりする部分もあるかもしれません. 時間があればいつかきちんと書き直したいとは思っています. この読みにくい文を最後までおつきあい下さいまして,ありがとうございました.
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付録:釣り好きの方へのコメント
佐藤 大'
satodai@dog.intcul.tohoku.ac.jp