2008/06 あたりのけいじわんで、なべまささんによる水濃淡電池解説大会が突如勃発した。で、せっかく詳細にわたる検討もされていることだし、なべさんによる関連掲示だけを抜き出してみました。 俺が記述を整理する気になったり、なべさんが記述を整理する気になって「ここをこう変えろ」と俺に言うとか、なべさんがこのテーマで新たな掲示を出したりすると、更新される事もあります。
なお、Subject: のリンクをクリックすると、けいじわんの元掲示に飛びます。
バッテリー式の電気自動車でナンバーを取って、バッテリーを充電するための水/酸素濃淡電池をその車に積み込むって事でなんとかならないかな。
その電池で充分に充電できるだけの発電ができるかどうかはともかくとして。
で、技術的な事を考えてみます。
この電池の陽極側の反応は水素燃料電池とすっかり同じだが、陰極側の水素が水の分解で生じるというところが違っている。総括反応は水素の燃焼ではなく、水を乾燥空気中に蒸発させるという感じ。(あぁ、梅雨時には性能が落ちそうだ…)
例の記事に 現時点での結論 という名でリンクされている内容を見ると 「本当ならまさにエネルギー保存の法則を打ち破る可能性のある永久機関、あるいはフリーエネルギー装置ができそうな勢い」 などと書かれているんだけれど、単なる水と酸素の濃淡電池(酸素の濃淡は多分反応を邪魔する方向になるはずで、実質は水と乾燥空気によるH2O濃淡電池に近いと思う)であって永久機関でもなんでもないのでその点の問題は無い。
さらにその記事の中には以下のような記者との質疑応答が載っている。
Q:水の蒸発した分だけを補給してやればいいと言うことか?
A:そうです。これに関しては水のリサイクルもしており、垂れ流すわけではなく、フィルタを通してもう一度使っている。
Q:蒸発していると言うことは温度が上昇しているということだと思うのだが、本体自体はどれぐらい発熱するのですか?
A:排熱はあります。80度までは上がることはあります。それ以上は上がりません。排熱ロスが全くないかというとそんなことはないので、もったいないといえばもったいない。もし家であればその部分で湯沸かしなどができます。
この電池の原理だと、流れた電流のぶんだけの水が陽極から蒸発するのであって温度が上がるから蒸発するわけではない。水素燃料電池のように燃焼反応なわけではなく、総括の電池反応は発熱でも吸熱でも無い。発熱はエネルギー損失分だけのはずなので、質問している記者はちょっと勘違いしていそう。
さらに、インタビューでの回答では、2リットルの水で7時間くらい走り続けられるとか、製品化の話の流れの中で出ているので試作車の話かどうか不明ながら出力が500Wくらいと答えている。
2リッターの水は111モルで水素は2荷なのでファラデー定数の2倍をかけると得られる電気量は21MC、500W×7時間×3600秒は12.6MJなので、1セル当たりの起電力は0.6Vあれば良い事になる。20個のセルを直列にして12V、それで40A強の電流という感じ。
ではこの電池の起電力はどうなるかという話は飲み会でという事にしますか。
総括の電池反応は発熱でも吸熱でも無い。
と書きましたが「燃焼反応のような激しい発熱ではない」という事であって、発熱or吸熱が全く無いという事ではありません。水が気体になる吸熱なんかはあります。
で、まだ新幹線に乗っていないようなので電池の起電力を考えると以下のようになります。
E = RT/2F ln (PH2O, 陰極・PO2, 陽極1/2/PH2O, 陽極・PO2, 陰極1/2)
電池の温度はインタビューによると80℃(353K)くらいだそうである。陽極の酸素分圧は1気圧の乾燥空気なら0.21atm。陰極側の酸素分圧は低い方が有利なんだけど酸素が発生するから上がってしまうだろう、でも1atmは超えないだろう、という事で1atmとしておこう。陰極の水蒸気分圧は80℃の水の蒸気圧という事で0.47atm、陽極の水蒸気分圧は電池の構造次第である。
で、起電力を0.6Vとして逆に陽極の水蒸気分圧を計算してみると、
0.6 = 8.314・353/2・96485 ln (0.47・0.21 1/2/PH2O, 陽極・11/2)
という事で結局、ln PH2O, 陽極 = -41 くらいになる。うーむ、これは無理だ。現実的なところで PH2O, 陽極 = 0.01atm くらいとするとE = 0.05V。頑張って0.001atmにしても0.085V。別の努力として陰極の酸素分圧を下げるというのもあろうが、何桁も下げるのは難しそう。一セルあたり0.6Vだと、2リッターの水で7時間持たせるには50Wくらいが関の山な感じだ。3〜4リッターほどの水を入れて半日バッテリーを充電させたら原付くらいの出力を1時間ほど出せるといったところか。
出力を上げるには電池(電極面積)を大きくして単位時間に消費する水の量を増やせば良いわけで、500Wの出力(原付くらい)が得られるなら、7時間で50リッターとか100リッターの水を消費しても充分実用になるとは思うのだ。技術的にそれができるのであれば、だけれど。
> 現実的なところで PH2O = 0.01atm くらいとすると
実際のところ空気の湿度を考えるとこれも難しいところで、乾燥剤をガンガン使わなければいけない事になりそう。発電した電力で除湿機を動かすとか?湿度100%な梅雨時には全く動かないという事では困るのだ。
「水+乾燥空気→湿った空気」という変化からエネルギーを取り出す原理なので、空気中の湿度は大問題なのだ。
ところで、この電池の原理的な可能性(実用レベルにするための技術的な問題は置いておくとして)を検討するにあたって、電池反応とか熱力学(電気化学)的に真面目に考えないで「水素の燃えカスである水からエネルギーが取り出せるはずがない」みたいな事を言って否定する事は疑似科学的な行為になってしまので気をつけなければいけないと思うのだ。
製品として本物か?を判断するには「実用レベルにするための技術的な問題」が重要になってくるけれど。
> 7時間で50リッターとか100リッターの水を消費しても充分実用になるとは思うのだ。
排気(80℃くらい?)を冷却して水を回収すれば水の消費は抑えられますね。
吸気の方も25℃で湿度100%でも水蒸気分圧は0.03atmくらいで、80℃の蒸気圧よりは低いので、除湿しなくても1セルで0.03Vくらいにはなる。でも湿度30%の時の半分の電圧になってしまうというのは問題だ。
電圧やエネルギー的な効率(熱が逃げる分はまた別だが)を上げるには、セルの動作温度を上げるのがてっとり早いのだけれど、100℃を超えると水が沸騰してしまう。いっそ水蒸気にして陰極もガス極にした方が良いか、しかし起動時はどうしたものか…
陰極物質が液体の水だとして、電極表面で気体の酸素が発生すると、電極表面に付着した酸素の気泡のために電極の有効面積が減少してしまい、大出力を得るための障害になる。
これを防ぐには水をセル内に(下から上向きに)ガンガン流すとか、濡れ性の良い電極を使うなどの対策が考えられる。
水中に空気の気泡を導入して陰極の酸素分圧を下げるという工夫も考えられるが、気泡が電極に付着する害とのトレードオフになり、良いのか悪いのかわからない。複雑になるからやらない方が良さそうな気がする。
私がセルの工夫を考えるのではなくて、開発者側で詳細な構造を明らかにして欲しいところである。秘密なんだろうけど。
というわけで(どういうわけだ?)、明日は仙台方面に行きます。結構大きな地震だったのですね。
例の電池は「水が自発的に酸素と水素に分解し、発生した水素を燃料電池に供給する」と考えてしまうとトンデモですが、プロトン伝導体を挟んで水のポテンシャル差がある(という事は水素のポテンシャル差もある)ので電極反応が進行する、と考えるべきですね。空気極側が湿度100%になってしまうと起電力は発生せず、電流が流れなければ水も分解/生成しないはずです。
SrZrO3やBaCeO3にY2O3やSc2O3などを個溶させたものを電解質にして、白金電極を焼き付けて、両極に酸素/水蒸気比の異なるガスを流すと起電力が発生します。動作温度は数百℃。懐かしい。
100℃以下で使うプロトン伝導体としては、ナフィオン(フッ素系樹脂幕)かリン酸塩が一般的でしょうね。触媒は白金かパラジュウム。
排気(80℃くらい?)を冷却して水を回収すれば水の消費は抑えられますね。
これですが、もともと「H2O(liquid)→H2O(in air)」という反応をエネルギー原としているので、排気中の水分を完全に凝縮させるには発電された電力と同等(以上)のエネルギーが必要になってしまう。外気温程度にまで冷却して凝縮するぶんだけ回収する程度が現実的なところ。
で、外気温が25℃だとすると露天は PH2O=0.03atm なのだが、例のWESとやらは水を回収して再利用しているそうなので、排気はもっと水分を含んでいそうだ。
セル内の空気中の水分量の平均値は排気よりは少ないだろうが、電池の放電中には電極表面近傍の水蒸気分圧は沖合いよりも高いはずで、そうそう低くはないはずだ。ということで、
現実的なところで PH2O = 0.01atm くらいとすると
などと書いたけれど、実際のところそこまで下げられていなかろうと想像できる。とすると1セルあたり0.05Vも出ないという事で、セルを数百個直列にしてなんとか鉛蓄電池を充電できる電圧になるレベルか。
電流密度が大きくなるほど陽極のPH2Oは上がり、陰極での酸素の発生も激しくなるので、あとは電極面積で容量を稼ぐ事になりますが。
小波さん;
> てっきり燃料電池で水を電気分解して,その水素と酸素で燃料電池を回そうという
確かにそう見えますね。陰極と陽極では同じ反応が逆方向に起きているわけですが、水のポテンシャルの高い側で水が分解し、水のポテンシャルの低い側で水が生成しているので、永久機関ではなくて濃淡電池なのだ。
これ、自動車はともかく家庭用に使えないだろうか。電力を取り出せる加湿器とか、風呂の残り湯で発電とか。
打ち水電池が発生する電力が車の走行に必要な電力より少ない場合は、打ち水電池で2次電池を長時間充電しておけば短時間走れる。そうではなくまともに打ち水で走ろうとすると以下のような感じになる。
簡単に考えるため、一個の巨大セルで500Wの電力を発生させる事を考えると、電圧が50mVならば電流が10kA流せればよいという事になる。このとき電力損失は、電池の内部抵抗が5μΩだと100%、0.5μΩだと10%になる。界面反応の抵抗などいろいろと問題になるだろうが、そこは触媒や電極などの工夫で軽減するとして(と軽く流せるような問題でもないのだが…)、電解質の抵抗による損失は10%以内であってほしい事にする。すると電解質の抵抗値は0.5μΩ以下であって欲しいという事になる。
電解質がナフィオン膜だと仮定すると、80℃におけるイオン伝導度は相対湿度30%〜100%で0.01S/cm〜0.1S/cmくらいで、湿度が高いほど大きくなる。とりあえず計算が楽なように0.01S/cmという事にしてみよう。(これは、陽極の水蒸気分圧をあまり下げるわけにもいかないなぁ)
デュポンのナフィオンの膜厚は一番薄い製品で50μmくらい。
そうすると電解質の面積は 50μm/(0.01S/cm x 0.5μΩ) = 100m2 あれば良い事になる。実際には大量のセルを直列に繋いで電圧を確保しつつ電流は低減(10kAは非現実的だ)して、セルの電解質の総面積がそのくらいという感じか。伝導度が一桁大きければ、あるいは膜が一桁薄ければ10m2で良い。(反対に伝導度が一桁小さければ…)
不可能ではない気もするが、一桁二桁狂うかもしれない荒っぽい推算なのでなんとも微妙。「そこは触媒や電極などを工夫して軽減」の方も大いに問題。白金黒か多孔質黒鉛にナフィオン溶液を塗布してプレスするとか?
陰極側に卑な金属を使って水素を発生させれば水濃淡電池よりも桁々違いに大きな起電力は得られるでしょうが、それじゃあ単なる燃料電池で面白くもなんとも無い(とは言っても燃料電池自動車の開発だって大変なわけですが…)。それじゃあ触媒じゃないし、水が燃料でもないのでその会社は嘘をついていた事になる。もっとも、資金集めのための発表に嘘が含まれているのはお約束で、何らかの形で事業が成功すれば投資家にとっては嘘で無かった事になるし、そうそう成功するもんじゃないのも承知の上だろうけれど。とにかくその記事には、
今回発表したシステムの特徴はこの金属または金属化合物の反応性を制御して長時間に使うことを可能にした点にあるという。
などとあるけれど、長時間動作させるには「反応性を制御」もへったくれも、とにかく金属を大量に使わねばならない。水1リッターぶんの水素(111g)を発生させるのに、ナトリウムだったら1.2kg, カルシウムだったら1.1kg必要である。2リッターの水で7時間駆動できるんでしたっけ?かりにこれらの金属を供給(交換)可能な構造にしても経済的にペイしないだろう。
さて、その会社の電池がインチキであるとしても、H2O濃淡電池そのものは原理的に可能なので、誰か是非実用レベルのものを開発して欲しい。電気化学的な実験として起電力を測定するくらいの事は既に大勢が行っているけれど、小さな駆動力から電力を取り出さなければない事もあり、エネルギー源として利用するには技術的な困難が多々あるだろう。
上記の会社がインチキをやっているかどうか以前に、「H2O濃淡電池なんて原理的に不可能なはず」とか「それって永久機関なんじゃないの?」のような思い込みで頭ごなしに否定していた人間も多数いるように思われるが、それは化学的に誤りである。
燃料電池も例外ではないが、電池は燃焼熱(ΔH)を起電力に変換しているわけではない。電池の起電力はΔHではなくΔGで決まる。ΔG = ΔH - TΔS である。電池はエントロピー変化からもエネルギーを取り出せるところが熱機関とは異なっている。
また、ΔG0(標準自由エネルギー変化)とΔG(自由エネルギー変化)は異なる。データ集に出ているのはΔG0で、反応式の左辺の物質も右辺の物質も標準状態である場合の自由エネルギー変化である。左辺も右辺も同一物質なら状態変化が全く無いので当然 ΔG0 = 0 である。
ΔG は物質の状態(濃度や分圧など)の変化も考慮した自由エネルギー変化であり、H2O (1atm) → H2O (0.1atm) であれば ΔG = RT ln(0.1/1) である。この RT ln PH2O ってのが H2O の化学ポテンシャル。
酸素濃淡電池、水素濃淡電池、ナトリウム濃淡電池など良く知られている濃淡電池は皆このようなポテンシャル変化(エントロピーの増大)を利用しているのだが、ΔG と ΔG0 の区別がついていなかったり化学ポテンシャルの概念を知らない人には濃淡電池で起電力が発生するという事が理解できなかったりする。そこらへんは物理化学演習の授業をやっていて苦労したところの一つだ。
NaやらCaやらを使って水素を発生させるというのをWESの開発者が確信犯でやっていたのかどうかは知りませんが、触媒の材料を、考えずにあれこれ試行錯誤して、「をぉ!Naを使うと起電力が桁違いに大きくなるぞ!」なんて"発見"をしたんじゃないかなどと想像すると笑える。で、発生しているガスが酸素ではなく水素である事にも気づかない。
陰極で水素を発生してるんなら0.6Vは出るでしょうから、7時間で2リッターの水を消費するペースなら丁度500Wくらいになって、インタビューで言っていた事とも辻褄が合う。
水と空気を使ったH2O濃淡電池で500W(原付レベル)程度の出力をえるにはどの程度の面積のナフィオン膜が必要かについて、以下のように書いた。
そうすると電解質の面積は 50μm/(0.01S/cm x 0.5μΩ) = 100m2 あれば良い事になる。
一方、現在ナフィオン膜を使った水素燃料電池は0.6〜0.8V程度の起電力で、発電密度としては0.5W/cm2くらいが達成されている。という事は1m2で5kW(原付の10倍、軽自動車レベル)の出力が得られるわけで、コストや水素の補給システム当の問題を置いておけば、自動車を充分に走らせる電池を現実的なサイズで作れる。
しかし、H2O濃淡電池の場合は期待される起電力が1桁以上低く、電流密度も一桁以上小さくせざるを得ないので、同じ面積で得られる電力は2〜3桁は少なくなり、同等の出力を得るには2〜3桁大きな規模になってしまう。しかし水と乾燥空気だけで動くというのは魅力である。
ついでにコストの話をすると、ナフィオン膜は1m2で5万円くらい。その表面に使う電極兼触媒の白金も数万円。一見たいしたこと無さそうだけれど、電池のコストの9割以上がセパレータや冷却セル(燃料電池は発熱が大きいけどナフィオン膜は熱に弱い)にかかるのが現状。量産化されればはるかに安くはなるでしょう。このままガソリンが高くなると水素燃料電池自動車が街を走りまわるような時代になるのか?
ジェネバックスの平澤氏の以下の台詞を見ると、「1セルで0.7ボルト」だとか、巨大ではなさそうだけれど「120ワット」出ているとか、やはり彼らのデモ用電池の特性は原理図にあるような水濃淡電池ではなく燃料電池っぽい。
1セルで0.7ボルト、ワットで言うとセルの面積と関係しており、青いカバーをしているスタックで120ワット、セルが40枚入っている。出力で言うと6〜7アンペア程度。
それはともかくちょっと前の話に戻るが、水素の燃焼はエントロピー減少反応なのでΔGはΔHよりも小さく、
電池はエントロピー変化からもエネルギーを取り出せるところが熱機関とは異なっている。
というのは、水素燃料電池においてはかえって不利な要因となる。しかし、熱機関の効率があまり高くは無いので充分に対抗できるわけだが。
「発電の仕組み」という図を見ると電解質はH+伝導体で、陰極にはH2Oが入ってO2が出ており、陽極には反対にO2が入ってH2Oが出ています。 これで起電力が発生するとしたら(図示されていない反応物質でもあるのでなければ)酸素濃淡か水蒸気濃淡が駆動力としか考えられません。
また、「セルの構造」という図を見ると左側の電極は水に接しており右側の電極は空気に接しており、空気が湿度100%でない限りは確かにH2Oポテンシャルの差があります。その差を見落とすとこの電池を正確に評価できないはずですが、製作者自身はそこに注目はしてはいないのでしょうね。
私はそれらを見てH2O濃淡電池の原理図以外の何物だとも思いませんでしたが、かつて仕事で各種ガス濃淡電池をさんざん扱った事による先入観が無ければそうは見えなかったかもしれません。
今改めて「発電の仕組み」の図を見ると、「化学反応」のところでH2分子ができるような絵が描かれているあたりは、作図者は水素ガスが発生してそれが燃料となって動作すると考えているっぽいですね。(そして触媒と称して触媒ではない物質を使っていた)
H2O濃淡電池でも仮想的に水素の存在を考えて水素ポテンシャルを計算したりなんかしても良いのですが、実際にはH2分子は多分生じない。電極反応のどこかの段階の素反応でそういう形をとらないとは断言できないけれど。(そういう意味でセンスの悪い図だなとは思った)
そもそも触媒(兼電極)の外の水中部分に「化学反応」が描かれているのも怪しい感じだけれど、単にスペース狭小のためか?それとも水が電極から離れた場所で自発的に分解すると思っているのか?
ところで、インタビュー中には「一酸化炭素の発生はないので耐久性についても通常の水素燃料電池やメタノール型燃料電池よりも耐久性がある。」という発言があります。
燃料電池の触媒に使われる白金が水素中の不純物の一酸化炭素と反応して不活化するために劣化するというのはよく知られている事で、やけに細かいところでは正しい事を言っている感じもあるのだけれど、だとすると触媒は白金系でなければ話がおかしいんだよな。ちなみに白金にRuかなんかを加えると一酸化炭素で劣化し難くなるらしい。
菊池さん曰く;
> 概念図を好意的に捉えて深読みしてあげたら「濃淡電池のつもりかも」と思えたということですよね。
意図的に好意的に捉えて深読みしてあげたわけではなくて、製作者達が濃淡電池だと思っていない事には以下の大'さんの指摘を見て気づきました。もっとも彼らが何か勘違いかインチキをしているだろうとは思っていましたが。
> kikulog の「ウォーターエネルギーシステム、水発電」で、紹介されてた日経Tech-Onの
> インタビューによると、水をかけると水素を発生する金属を使っていて、反応が終了す
> れば水素の発生も発電もストップするそうです。
製作者たちが濃淡電池と考えていないと気づくまでは、製作者の主張する起電力や電力の値はありえない(性能の過大申告)と思い、ケチをつけるために (水|プロトン伝導体|空気) という電池の起電力が実際のところはどうなるのか等を検討していました。
検討中に「起電力は全く生じるはずがない」みたいな話をあちこちで見かけて驚いたわけです。
製作者がそう思っていようといまいとこの電池の両極間には水のポテンシャル差があるので、私は今でも「実際に組んで測定すれば数十mVくらい出るだろうな」と考えています。電極反応の速度があまりにも遅くて測定しても起電力が認められなかったりする可能性もありますが。
電極に有機物のコンタミがあるとその酸化反応の起電力が生じたりするので、実験は慎重に行う必要があります。両面に白金電極をつけたナフィオンか燐酸塩の膜の片面だけ純水で濡らして測定し、次に一旦乾燥させてから逆面を濡らして起電力が反転するかどうかを確認すれば良いかな?充分に入力インピーダンスが大きな電位計も必要ですね。今にして思えば大学は便利なところだった。
本当にそのメカニズムで電池が働くかどうかには大変興味があるので、材料が手に入らないか調べ始めたりなんかしていますが、今そんな事やっている余裕はないはずなのだ。でも調べたい。
いしやまさん;
打ち水駆動と言うか、スターリングエンジンと言うか、その手の類ってことだし、効率的にどうなんでしょという感じ。
では効率を考えて見ましょう。この電池の総括反応は以下の(1)式のように考えられます。(とりあえず酸素の濃淡は無いものとします)
H2O (liquid) = H2O (gas in air) …(1)
この反応の自由エネルギー変化ΔGと理論起電力Eは以下のようになります。
ΔG0 = 40660 - 109 T (J/mol)
ΔG = ΔG0 + RT ln PH2O(gas in air)
E = ΔG/2F
ここで、Rは気体定数、Tは絶対温度、Fはファラデー定数です。
この自由エネルギー変化ΔG(負値)が理論上この反応から取り出せるエネルギーなのですが、その値は陽極の PH2O に依存します。少し具体的な計算をすると、T=353K(80℃)ではPH2O=0.47atm(湿度100%)の時ΔG=0, E=0となり、PH2Oが半分になるとΔG=2kJ, E=10mV (1/4になると4kJ, 20mV、1/8になると6kJ, 30mV) くらいになります。
取り出せるエネルギーは蒸発する水の量だけでは決まらず蒸発後の状態(分圧)に依存するわけです。極端な場合、PH2O=0 だと ΔG=-∞ になります。完全に乾燥した無尽蔵の大気中に蒸発させるのは深さ∞の谷に物を落とすのと同じ。それでは効率って何だろう?って事になる。
一つの考え方としては、陽極のPH2Oが取り入れた空気のPH2Oと等しいと仮定して理論値を求めるという方法があるでしょう。電極のPH2Oはそれ以下にはできないだろうから、それが理論限界というわけです。
電池から電力を取り出すと電池反応で水蒸気が生成するため、電極近傍の水蒸気分圧は取り込んだ空気よりも大きくなります。そのために起電力が低下するのを効率の低下というべきなのかどうかよくわかりませんが、性能の低下には違いありません。とにかく水蒸気分圧を低く保つため、空気をガンガン流す必要があります。別の考え方としては、電極近傍云々ではなく装置全体を電池と考えて排気のPH2Oを調べ、その値を使って計算する事も考えられます。これだと上記の方法より理論値は小さくなります。ただし実際に装置を運転した上で排気を調べなければならないし、装置の運転条件に応じて理論値が変化するという本末転倒な事になってしまいます。
とにかく、電池の動作温度が80℃で陽極のPH2Oが0.3atm(露天温度約24℃)くらいなら、理論上は1モル(18g)の水から8kJくらいのエネルギーが得られて、起電力は40mV程度になります。
今回は理論値はどうなるかの話を述べました。次回は電池としての動作に伴うエネルギー損失について考えます。
あんまり本格的にやるなら自分のところでやった方が良さそうですが、自分のところでは上付き文字や下付き文字が(多分)出せないのでここで続けます。
電池としてのエネルギー損失の原因としては以下のような現象が挙げられます。
1は電解質や電極などの電気抵抗によるもので、電流に比例した電圧降下が生じ、電流の2乗に比例してジュール熱が発生します。対策はイオン伝導度の高い電解質を使用する、薄い電解質を使用する、電解質や電極の面積を広くする、セルを並列に接続して1セルあたりの電流を減らす、といった事になります。前の記事でゴチャゴチャ考えていたのはこれです。
2は電極反応の活性化エネルギーのぶんの電圧降下が生じるものです。電流が対数スケールで効いて来ます。触媒の使用で軽減されます。室温付近でガスの関与した電極反応では触媒はかなり重要です。
3は電極近傍への反応物質の供給または生成物の排出が追いつかない事による電圧降下です。供給が追いつかない場合はあるところから急にガクンと電圧降下が大きくなります。(電流がそれ以上増えなくなる)溶液やガスを攪拌したり流速を大きくする事で軽減します。陽極のPH2Oの話は濃度分極の話だともいえます。
4は自己放電の原因となります。電解質のイオン伝導と電子伝導の比に応じて開放時電圧が降下し、また、開放状態でも電極物質が消費されます。水中の不純物が電解質膜に侵入して特性が悪化するのがちょっと心配。
5は電極物質が消耗したり電解質が劣化したり自己放電の原因になったりいろいろです。ナフィオンのような含水ポリマーの電解質を水濃淡電池に使うと、水そのものが陰極から陽極に拡散し、発電に寄与しない水の蒸発が生じると共に、陽極側の水蒸気ポテンシャルの増加による起電力の低下を招きます。
現在の水素燃料電池では1, 2の問題が大きいのだと思うが、損失は30〜50%くらい。(理論起電力1.2Vに対して実際は0.6〜0.8V程度。)
水濃淡電池ではもともとの電圧が一桁以上小さいので、分極の起き具合が水素燃料電池と同じくらいなら、一桁以上小さい電流で似たような効率になります。同一規模のセルで得られる電力は1/1000程度(電流と電圧が1.5桁づつ小さい)という事になる。
ナフィオンなどの含水ポリマー電解質は水溶液と類似の機構でプロトン伝導するため乾燥するとイオン伝導度は低下し、湿度が半分になると伝導度は1/4になると言われています。そこで陽極のPH2Oを下げると電解膜のイオン伝導度が低下してしまう、というか、それ以前に電解膜に透水性があるので陽極のPH2Oが下がってくれず充分な起電力が得られなさそうです。
燃料電池の場合は生成した水蒸気でジャブジャブの状態で高伝導度の条件での運用で良いのですが。
という事でもっと乾燥に強い電解質が欲しいところだけれど、燐酸塩では水に浸けると燐酸分が溶出しそうな気がするし、ペロブスカイト型酸化物は数百℃はないと伝導度が小さいしどうしたものか。燐酸塩を使って水極を加湿空気極に変更するか… ひとまずそれは置いときます。
今までの話は、エネルギー損失によってナフィオンの使用上限である80℃まで温度が上がる前提で考えていたのですが、水濃淡電池ではそもそも発生するエネルギーが小さいため、そこまで温度は上がるのかどうか、もう少し考えて見ましょう。周囲温度は25℃としてみます。
セルの周囲は充分に断熱し、吸気、給水と吸気の間で完全に熱交換を行うと仮定します。空気の加熱と冷却は完全に相殺。25℃の水1molを80℃まで加熱するのに4.2kJ必要。80℃の水蒸気1molを25℃まで冷却すると1.9kJが放出される。分圧が低く、冷却しても凝縮はしないものとすると、結局必要なエネルギーは2.3kJです。
まぁ、水1molあたり6kJとか8kJでるセルで損失が数十%なら、断熱や熱交換が良ければ可能ではある。もっと低い温度での動作を考えても良いけれど、そうすると吸気がもっと乾燥していなければいけないのが辛いところなのだ。
いろんなところで技術的にギリギリな感じです。
> 吸気、給水と吸気の間で完全に熱交換を行うと仮定します。
これは「吸気、給水と排気の間で」の間違いです。
ついでに、電池の効率は電極と電解質の総面積を広くすれば向上するので、どのくらいの電力がどのくらいの効率で得られるというのは結局のところ現実的な電池のサイズはどのくらいかという話になってしまうのだ。
で、水素燃料電池の1000倍くらいの規模かな、電解質を工夫しないとそれも苦しそうだけど。
それと、ある規模の電池から得られる電力が最大になるのは効率50%の付近だと思われる。(電流が0で電圧が最大、電圧が0で電流が最大。)
1molの水から8kJのエネルギーの50%が得られるとすると、水1リッターあたり60W時くらいだ。それをどのくらいの時間で搾り出せるかはセルの規模しだいという事。
> 1molの水から8kJのエネルギーの50%が得られるとすると、水1リッターあたり60W時くらいだ。
> それをどのくらいの時間で搾り出せるかはセルの規模しだいという事。
セルスタックにどのくらいの空気を送り込む必要があるか考えてみる。
80℃で8kJを得るには、陽極の水蒸気分圧が0.03atm以下で無ければいけない。
排気中の水蒸気分圧を0.03atm以下にするには、1リッターの水(55.6モル)を排出する間に1850モルの空気(25℃1気圧なら約46立方メートル)を送り込む必要がある。
吸気口付近の水蒸気分圧はもっと低いだろうが、排気口付近のセルまで0.03atm以下に保つには少なくともコレだけの空気が必要なのだ。
また、セルに流す電流が大きくなるほど電解質/電極/ガス界面の水蒸気分圧は沖合いよりも高くなってくるので、さらに大量の空気が必要になってくる。
界面と沖合いの水蒸気濃度の差は空気中の水蒸気の拡散係数とガス側境膜厚さがどのくらいになるかで決まってくる。境膜を薄くするには空気の線流速が速いほど有利なので、セル内の空気の流路はできるだけ狭くするのが良い。通気抵抗が大きくなって強力なファンが必要とか、均一に流れるように作るのが難しいなどの問題もあるのだが。
また、上記の46立法メートルというのは完全に乾燥した空気の場合の話で、例えば水蒸気分圧が0.02atmの空気なら3倍の量が必要になる。
もし、電解膜を水素イオンでなく水も透過してしまうなら空気はもっと必要になる。
効率といったとき、何の何に対する効率かというのはいろいろ考えられる。
この電池からある量のエネルギーを得るにあたり、理論上必要な水の量と実際に消費する水の量の比とか、理論上必要な空気の量と実際に必要な空気の量などもある種の「効率」だと言える。
電池の発生した電気エネルギーの50%が熱になってしまうとする。そうするとある電力を得るために必要な水の量も空気の量も倍になる。
電解膜中の水素イオン伝導と5分5分で水の透過が起きれば、必要な水も空気もさらに倍になる。
水蒸気分圧を低く保つため、空気をさらに10倍とか流さなければいけないかもしれない。
この場合電気的な効率は50%、水の利用効率25%、空気の利用効率2.5%という事になる。空気は只なので気にならないかもしれないけれど。
話は変って、熱機関と燃料電池の効率という話が良く出てくる。
熱機関の効率というのは反応熱ΔHの何%を利用できるかというもので、高温熱源と低温熱源の温度比とか、熱のリークとかなんとかで決まってくる。
一方、電池はΔHではなくΔGを電気エネルギーに変換するものなので、本来はΔGの何%を取り出せるのかが効率である。
しかし、熱機関との比較のために「得られる電気エネルギー/ΔH」という形の効率で評価される事が多い。「ΔG/ΔH」が「理論効率」と呼ばれたりもする。
ΔG = ΔH - TΔS
水素の燃焼反応はエントロピー減少反応なので理論効率は100%未満(80%程度だったかな?)だが、反応によっては100%を超えたりおかしな事になる。エントロピー項だけで発電する濃淡電池などは熱機関としての効率は ∞ になってしまう。
> 2. 活性化分極
陽極反応はかなり低い水素ポテンシャルでの燃焼反応なので、活性化分極はかなり厳しいかもしれません。反面、酸素の濃度分極の方はほとんど問題にならないでしょう。燃料電池では酸素の濃度分極(供給が追いつかない)が結構大きなロスの要因になるようです。
水素燃料電池では陽極の触媒としては白金+黒鉛が使われるようですが、水蒸気濃淡電池でもそれでいけるかどうかは不明。1000Kでの水蒸気濃淡電池の実験では白金で充分なんですが…
道路交通法施行規則に以下のようにあるので、今までここに原付の出力が600Wなんて書いていました。
「道路交通法第二条第一項第十号の内閣府令で定める大きさは、二輪のもの及び内閣総理大臣が指定する三輪以上のものにあつては、総排気量については〇・〇五〇リツトル、定格出力については〇・六〇キロワツトとし、その他のものにあつては、総排気量については〇・〇二〇リツトル、定格出力については〇・二五キロワツトとする。」(道路交通法施行規則第1条の2)
原付って7馬力くらいあったと思うけれど、考えてみると600W(0.60kW)じゃ1馬力も無いですよね?あれれ?
「水+乾燥空気 → 湿潤空気」という変化を利用して発電する方法としては 濃淡電池の他、小波さんが"永久機関"と呼んだ電気分解&水素燃料電池という方法 も考えられます。
「水(液体) → 水素+酸素」という反応に要するエネルギーは「水素+酸素 → 水(希薄水蒸気)」という反応から得られるエネルギーよりも僅かに小さいので、原理的にはその差からエネルギーが取り出せるわけです。
1気圧の環境下で「水が分解して水素と酸素が発生するために必要なエネルギー」と「水素と酸素が燃焼して水蒸気(飽和の1/16の湿度)が生じる時発生するエネルギー」の差は、これらのエネルギーの約1/30です。
という事は、電気分解と燃料電池のトータルのエネルギー効率が97%以上あればエネルギーを取り出せる事になります。
もちろん現実問題としてそんな効率を実現するのはとうてい不可能ですが、原理的には永久機関ではありません。
この方式の総括反応は水濃淡電池と同じですが、気体の水素という極めてポテンシャルの高い障壁を乗り越えるか乗り越えないかと言うところに違いがあります。
触媒があるにせよ無いにせよ水が自発的に酸素と水素に分解するのか、 するとしたらどのくらいかを考えてみます。
温度が4,000K以上であればそりゃあもうガンガン分解します。 では室温で水および0.21atmの酸素と平衡する水素の分圧ははどのくらいかというと、 面倒だからデータを調べもせず計算もせず経験に基づいてざっくりというと、 多分10-35atm前後じゃないかと思います。
もう分圧で考えて良いのかどうかわからないような低いポテンシャルですが、ゼロではありません。ボコボコと気泡を発生する事はなくても、大量の水の中にはこれと平衡するだけの溶存水素がポツリポツリと存在する事でしょう。
この水素のポテンシャルで起電力を計算しても水濃淡電池と考えた場合と同じ値になります。ただ、溶存水素の濃度は低すぎるので、実際にははるかに大量に存在する水分子(水素イオンと酸素イオンかも)が直接電極反応を起こすのが大部分でしょう。
そういう意味で、この電池において水が水素と酸素に分解する反応に注目して"触媒"でその反応速度を上げようと考えたり、原理図にそういった反応を描くのはとてもセンスが悪いと感じられるわけです。
多分10-35atm前後じゃないかと思います。
1気圧の酸素と平衡する溶存水素濃度は 1.数 ppm なので、上記の水素分圧と平衡する水中の溶存水素濃度は単純に考えると10-35ppmくらいです。アボガドロ数と比較してもとんでもなく低い濃度で、10km立方の水に3分子ってところかな。もはや統計力学的に考えてはいけない。気泡を発生したりしないのはもちろんです。
水の自発的な分解で生じる水素で燃料電池が動くと考えて計算した場合の起電力も水濃淡電池と同じ値にはなりますが、実際には無視すべき反応に着目している事になります。
ついでですが、水素燃料電池というのは陽極側の水素分圧を低く保つために燃焼反応を利用した水素濃淡電池であると考える事もできます。
> 水の自発的な分解で生じる水素で燃料電池が動くと考えて計算した場合の起電力も水濃淡電池と同じ
「水の自発的な分解で生じる水素」というのは周囲の酸素と水との平衡で決まる極めて低ポテンシャルの(濃度が薄い)溶存水素です。もちろん1気圧の水素の燃焼として計算してはいけない。
電池について考える時は常にこのように物質の濃度(活量)や分圧を考えなければならない。